小野訓導殉職から100年 水難学会会長「痛ましい事故なくしたい」

水難事故の現場を調べる斎藤さん(右)=2021年8月、宮城県柴田町の白石川
小野さつき

 宮城県蔵王町の白石川で当時21歳の小野さつき訓導(旧制小学校教諭)が殉職した水難事故から、7日で100年。水難学会会長を務める長岡技術科学大教授の斎藤秀俊さん(59)は小野訓導の話を原点に「痛ましい出来事を減らしたい」と、水の事故防止に取り組むようになった。

防止策と救助法、啓発続ける

 斎藤さんは3、4歳ごろの夏、同県村田町にあった祖父母の家に滞在。祖父と近くの河原へ出かけた際、溺れた小学生3人を助けるため川に入り、溺れて亡くなった小野訓導の話を聞かされた。

 「川は怖いんだぞ」。祖父の説明に「大人でも溺れるんだ」と驚き、「子どもも先生も助かるにはどうすればよかったのだろう」と考えた。悲劇は幼心に深く刻まれた。

 それでも水を怖がることはなく、大学まで水泳部に所属。泳ぎには自信があったが、大学3年の時に転機を迎えた。

 日本赤十字社の水上安全法救助員養成講座で「死ぬ思いをした」という。2人一組で救助する側と助けられる側で訓練した際、初めて溺れかけた。

 助ける側が未熟だと助けられる側が簡単に水の中に沈む。息ができなくなり、顔を水面に出そうとすると指導員に「救助の練習にならない」としかられた。

 「水難救助は想像以上に大変だ」と痛感し、24歳で水上安全法指導員の資格を取得。以後、水難事故を防ぐ活動を続けてきた。

 訓練を重ねるうち、助けられる側が靴を履いていると救助しやすいことに気付いた。靴や衣服で浮力が生じ体が沈みにくいためで、この経験から水難学会が掲げる「浮いて、(救助を)待て」の合言葉を思い付いた。

 水難事故の原因調査にも力を入れ、全国各地を行脚する。「事故から100年たっても進歩がないようでは小野訓導に申し訳ない。水に落ちても助かってニュースにならないのが一番」との思いを胸に、事故防止と救助法の啓発を続ける。

学会が制作したため池事故防止の動画

[小野訓導の殉職]1922(大正11)年7月7日、宮城県蔵王町の宮小の小野さつき訓導は4年生56人を引率して学校近くの白石川へ写生に出かけた。水遊びをしていた児童3人が溺れ、はかま姿で飛び込んで2人を救ったものの力尽き、残る男児1人と共に命を落とした。事故は「美談」として全国に知れ渡り映画にもなった。

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