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運動会のピストル、どうしても必要? 笛や手旗で代用も可能 静岡

 静岡市に住む小学生の母親(45)から静岡新聞社「NEXT特捜隊」に投稿が届いた。6年生の長女(11)はスタートのピストル音を聞くと気分が悪くなるため、運動会が大の苦手だったが、今年、ほぼ全ての競技で学校側が笛を代用してくれるようになったという。確かに、ピストルでなくても運動会は成立するような-。運動会でのピストル使用を巡る現状を調べた。

児童の特性配慮

 母親によると、長女には「HSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド=人一倍敏感な子)」の気質があり、赤ちゃんの頃から花火や太鼓の音を聞くと激しく動揺したという。母親は毎年、面談で担任にそのことを伝え、長女本人も笛の代用を日記で訴えた。その結果、徒競走で自分の番だけ笛に変更してもらうなど、段階的に配慮が進み、今年の運動会では出場しないものも含め、ほぼ全ての種目で合図が笛になった。長女は「ピストル音を聞くと体が震えるというか、こわばる感じ。笛にしてもらい、今年の運動会はすごく楽しめた」と語った。
 投稿者の長女が通う静岡大付属静岡小(同市葵区)にも話を聞いた。ピストルの使用に関しては5年前から、保護者からの相談や練習時から苦手意識を持つ子の情報が複数寄せられるようになり、教員が話し合い、笛を導入するようになったという。山田卓校長は「児童が安心して楽しめる運動会であることが大切。もし、笛の音が苦手な子がいれば、手旗を使うなどの対応も検討する」と柔軟な姿勢を示す。

運動会で使用される「雷管ピストル」

 ピストル音については、聴覚過敏がある発達障害児が苦手とするケースもある。県中部の40代の母親は「娘が小学1年の時、運動会のピストル音にパニックを起こし、次の年から運動会に出られなかった。10年ほど前のことで、『一人のために(笛などに)代えられない』という雰囲気だった」と振り返る。
 県内の他の小学校の運動会事情はどうか。静岡市、浜松市の両教育委員会に尋ねると「運動会のピストル使用については実態を把握しておらず、統一した取り扱いもない」と回答は共通していた。運動会はあくまでも「学校行事」で、児童数やグラウンドの広さなど異なる点が多いため、日程や種目、実施方法などは各校の判断になるという。
 「音に対する配慮は近年、どこの学校でも一般的になっているのでは」と話すのは藤枝市立藤枝小の鈴木宏征校長。「低学年や、発達に課題を抱える児童が大きな音を苦手とするケースがある。子どもにとって良い環境とは何かを考え、対応するようにしている」。運動会で使用するピストルは「雷管ピストル」といい、紙に火薬を包んだ「紙雷管」をセットして音を鳴らす。最近は火薬量が従来より少なく音が小さい紙雷管も販売され、同校では個人競技ではそちらを使用するという。

雷管ピストルにセットして使われる紙雷管。火薬の量によって、音の大きさが異なる

元は計測目的か

 そもそもなぜ運動会でピストルが使われるようになったのか-。運動会の歴史に詳しい日本女子体育大の森田陽子教授(幼児体育)によると、日本で最初の運動会は、1874年に東京・築地の海軍兵学寮で開かれた「競闘遊戯会」。その後、札幌農学校(北海道大の前身)や東京大でも実施され、国立大の付属小へも学校行事の一つとして広がっていったという。
 森田教授は「当時の運動会の種目には、出場者全員の正確なタイムを計測し、全体の順位をつけるレースがあった。スタート時、音の伝達だけでは正確にタイムを計測できないため、煙の出るピストルが使われていたのでは」と推察する。その上で、「今の運動会ではそのような種目は大幅に減っている。必ずしもピストルは必要ではなく、笛や旗での代用でもいいし、実際にピストル使用をやめる学校も増えている。時代や子どもたちの実態に合わせ、運動会も変わっていく必要がある」と指摘した。

ボタンを押すと笛の音が鳴る電子ホイッスル。コロナ禍で笛の使用を避けるため、導入する学校も

「合理的配慮」の一例に

 2016年4月に施行された障害者差別解消法では公立学校を含む公的機関に対し、障害のある人などから障壁となる物事を取り除くことを求められた際に、柔軟な対応をする「合理的配慮」を義務付けている。内閣府の実例集には、運動会のピストル音でパニックを起こす聴覚過敏がある児童生徒への対応例として「笛、ブザー音、手旗などによってスタートの合図をする」と記されている。
 静岡大教育学部の香野毅教授(特別支援教育)は合理的配慮を考える際のポイントについて「双方による建設的対話を持ち、過度な負担にならない範囲で、対応の内容や程度を決めていくことが重要。すでに参考になる先例は多々あるが、最適解は個々にあり、かつ互いの関係の中にある」と強調する。(静岡新聞・大滝麻衣)

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