アマビエに〝先輩〟がいた 江戸時代に流行した「神社姫」 福井・越前町の民家が古文書所有
「顔は長髪の女性、体は魚…この不思議な絵は何?」。福井新聞の調査報道「ふくい特報班(通称・ふく特)」に福井県越前町の男性から、古文書の調査依頼が寄せられた。男性は「疫病退散を願うアマビエに似ている」と訴える。県内の専門家に尋ねると「江戸時代、アマビエより前に流行した“先輩格”に当たる」。コロナ禍でブームになったアマビエに仲間がいたのか?
投稿者の松井孝義さん(71)=越前町新保=宅で実物を見せてもらった。縦24センチ、横30センチの和紙に妖怪が手書きされている。「幼いころに見て怖くて、しまったままになっていた」。コロナ禍でアマビエが注目され、他の古文書とともに船だんすに保管されていたのを思い出したという。
コロナ禍の前からアマビエなどを研究し、論文も発表している福井県文書館の長野栄俊主任に画像を見てもらった。「江戸時代に流行した『神社姫(じんじゃひめ)』でしょう。県内で伝わった物を見るのは初めて。やはり福井県にも伝わっていたんですね」
長野さんによると、神社姫には▽長髪の女性▽頭に2本の角▽体は魚か竜▽剣のように3本に分かれた尾▽宝珠が腹部に三つ―などの共通する特徴がある。長野さんら研究家数人が共同調査を進めており、県外では福島、茨城、静岡、愛知、富山、石川、三重、高知、愛媛県と東京都、京都府の計11都府県で30種類近く確認されている。「神蛇姫(じんじゃひめ)」「姫魚」「奇魚」などとも呼ばれているという。
絵に添えられた文章もほぼ共通で「肥後熊本」や「肥前平戸」から始まり、妖怪の容姿を説明。妖怪の言葉として「今年は悪病がはやる」「自分の姿を見れば助かる」と記されているのが主流だそう。
松井さん宅の古文書を見てみると、「肥後熊本」「当年至って悪病あり」「この話を聞いた者は悪病から免れる」などと書かれ、共通項に合致する。ほかに「長さは十間(約18メートル)」「顔三尺(90センチ)余」「龍宮の使い」の文言もある。「絵は少し漫画っぽいが読みやすく、なかなかの逸品です」と長野さん。松井さんは「ご先祖が残してくれたもの。お守りとして玄関にでも飾っておこうかな」と話していた。
ルーツは大都市で売られた瓦版 「予言獣」模写され全国で流行
神社姫の特徴は大体分かったが、アマビエの“先輩”とはどういうことか。さらに長野さんに聞いた。
神社姫のルーツは約200年前、大都市で売られていた瓦版。複数の文献によると、神社姫は1819(文政2)年ごろから全国で流行した。「今でいうフェイクニュースで興味を引き、多く売ろうとした商品の一つ」というのが長野さんの見方だ。当時はコピーもスマホもなく、手書きで模写されて拡散したため、伝言ゲームのように絵や文言が異なるものが残っているとみられる。
神社姫の流行後、1843(天保14)年ごろから「アマビコ」、1846(弘化3)年ごろから「アマビエ」の瓦版が販売された。目的はほぼ同じで、長野さんら研究家はこれらを「予言獣(よげんじゅう)」と呼ぶ。「文献によれば、最もヒットしたのは神社姫とアマビコ。“2匹目のドジョウ”を狙ったアマビエは流行しなかったようです」。当時は“先輩たち”の人気に及ばなかったアマビエだが、コロナ禍に遭った現代になって広く認知されたらしい。
長野さんは「予言獣を調べると、その当時の人々の考え方の一端がうかがえる。神社姫もアマビエも後世、今の世相を示す象徴になるかもしれない」と興味深そうに話した。(福井新聞)
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