時間短く、支援する側にリスク<最大津波から逃げる 第3部「個別避難計画」(上)>
東日本大震災の死者数は65歳以上の高齢者が約6割を占め、障害者は全体の死亡率の約2倍に上るとされる。その後も風水害の犠牲者が相次ぎ、国は1人で逃げることが難しい要支援者の命を守るため、個別避難計画の作成を市町村の努力義務とした。第3部は、太平洋沖の巨大津波が想定される東北沿岸部で影響を探った。(報道部・坂井直人)
[個別避難計画]2021年5月の災害対策基本法改正で作成が市町村の努力義務となった。13年に名簿作成が義務づけられた避難行動要支援者を対象に、本人の同意を得た上で避難支援者、安否確認や同行といった支援内容、避難先や経路、配慮事項などを定める。手法や名簿登録の対象条件は自治体の判断に任されている。国は、優先度の高い人の作成目標を5年程度とする。

津波の第1波が近くの海岸に到達するまで30分ほどしかない。
「避難の行動計画を詳細にすればするほど、支援する側もされる側も負担になるのではないか」。宮城県気仙沼市階上地区の森前林自治会長の小野寺有一さん(70)は、宮城県が昨年公表した新たな津波の浸水・被害想定で懸念を強める。
市の個別避難計画の作成対象者数は昨年末で831人で、作成率は52・8%。森前林自治会の要支援者は十数人。小野寺さんは震災後、努力義務化される前から市の個別避難計画の作成に協力してきた。
「誰と仲がいいの?」。周囲に尋ねて候補者を探し、支援を依頼した。付き合いがない人の担当は自治会役員に頭を下げて頼んだ。民生委員を務める自身も、2人の支援者になった。
「地震後に自分のことで手いっぱいになり、遅れたり行けなかったりしたら申し訳ない」と支援側に回るのをためらう人には、「一緒に逃げようと声くらいはかけて」と伝えた。
「そこまでしてもらうのは…」。助けられる側にも遠慮が見られた。動ける人には「助けを待たずできることはやって」と促した。
小野寺さんは「計画は必要なんだろうが、機能するか未知数」と実効性に不安を拭えない。
津波からの個別避難計画の作成は、ほかの災害より難しい-。河北新報社が1月に行った青森、岩手、宮城、福島県の沿岸59市町村のアンケートに、震災の犠牲者が多かった岩手、宮城両県で計画作りを進める自治体の半数がそう答えた。
事前に予測して段階的に逃げられる風水害と比べ、津波は避難時間が短く、「支援する側の命に関わるリスクが大き過ぎる」(岩手県釜石市)「時間が限られ、支援する人の確保や支援内容の検討が困難」(陸前高田市)などが理由に挙がった。
住民に補償ない
避難誘導に当たって犠牲者が出た震災の教訓を踏まえ、浸水区域での消防団員や民生委員、町内会長や行政区長の活動を想定していない自治体もある。
岩手県陸前高田市の中心市街地に住む身体障害者の支援者を引き受けた会社員大和田智一さん(44)は「なるべく助けに行こうとするのではないか。どのタイミングまで活動が可能か判断が難しい」と感じている。
岩手県岩泉町は津波到達10分前までに支援者の安全を確保する方針で、場所によって全く活動できない可能性がある。「個別避難計画は津波に対応できるのか」との現場の疑念もあり、県は新年度、沿岸市町村と意見交換する予定だ。
国は計画の実効性向上に向けて避難訓練を促すが、沿岸自治体アンケートによると、実施したのは2割にとどまる。小野寺さんも要支援者のけがなどのリスクを恐れ、地域の訓練に参加を呼びかけられずにいる。
「公務員には特殊公務災害があるが、住民には何の補償もない。法律論ではなく、助けられる範囲の緩やかな協力関係でないと皆、手を引くのではないか」
自主防災組織としてできることから取り組む。「無事です」と記したタオルを購入し、全戸配布する。避難時に玄関に掲げてもらい、災害のリスクが去った後、各班長が回って安否を確かめることにしている。
59市町村アンケート「支援者確保が課題」8割
巨大津波が想定される青森、岩手、宮城、福島県の沿岸59市町村のうち、個別避難計画の作成に取り組む自治体の8割が避難支援者の確保に課題を感じていることが、河北新報社のアンケートで分かった。2021年5月の法改正で努力義務化されたが、全体の2割は作成に着手していない。

未着手を除く45市町村が課題と考える項目(複数回答)はグラフ(1)の通り。「支援者の確保」が最も多く、35市町村に上った。
「高齢化で、共助の基盤となる地域力も低下した」(釜石市)「支援者が見つからないケースがある」(宮城県亘理町)「日中仕事で村外に出ている人も多い。国や県のPRが必要」(岩手県野田村)など各地で作成が難航する。
岩沼市は、命に関わる責任の重さからためらう人もいるとして「避難誘導まで求めず安否確認にとどめるなど、要支援者だけでなく、支援者に寄り添った仕組みづくりが重要だ」と強調。岩手県宮古市は個人の負担が大きく、なり手が極めて少ないため、町内会などに団体支援者としての登録を依頼しているという。
一方、東京電力福島第1原発で全町避難が長期間続いた福島県の自治体は「支援する側の帰還率が低い」(富岡町)と苦悩する。
ほかの課題として「計画の実効性」(23市町村)「対象者情報の更新」(19市町村)などが続いた。宮城県岩沼市は「避難行動要支援者の中には自分で避難できる人も含まれており、計画作成対象者を精査する必要がある」と説明する。

作成する上での協力者(複数回答)はグラフ(2)の通り。国は、日常の生活や健康状態を把握するケアマネジャーら福祉専門職の参画を促しているが、24市町村と5割にとどまる。福祉専門職に加え、民生委員と自治会・町内会、自主防災組織のいずれもが参画しているのは5市町だった。
未着手は14市町村で、県別の内訳は青森8、岩手1、宮城5、福島0。理由には職員不足や「手法が未定」が挙がる。宮城県多賀城市や青森県平内町は、民生委員や町内会による見守りや声かけなど従来通りの対応を続けていると回答した。
「支援者の負担が大きく、住民の理解を得ることが重要」とする仙台市など、着手しても1件も作成していない市町が13あった。
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