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わいどローカル編集局>大須(石巻市雄勝町)

みこしが練り歩いた八幡神社での春季例祭。今年は初めて大須埼灯台下まで登った=4日、石巻市雄勝町大須地区

 「わいどローカル編集局」は石巻地方の特定地域のニュースを集中発信します。6回目は「石巻市雄勝町大須地区」です。

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組合設立、水難救助100回

 石巻市雄勝町は、住民基本台帳によると2023年4月現在、583戸1060人が暮らす。半島東端の大須地区には269人が生活している。

 雄勝町の前身は十五浜村で、1889(明治22)年に成立。「角川日本地名大辞典」によると、村名の「十五浜」は追波川河口の南東部の地名で、釜谷浜、長面浜、尾ノ崎浜、名振浜、船越浜、大須浜、熊沢浜、桑浜、立浜、大浜、小島浜、明神浜、雄勝浜、水浜、分浜の15の浜の総称。十五浜村は釜谷、長面、尾ノ崎をのぞいた12の村が合併して成立した。

 1941(昭和16)年に雄勝町に改称。2005(平成17)年の広域合併により、石巻市に加入した。

 雄勝町史によると、大須崎周辺の海には多数の暗礁が点在し、荒天や濃霧発生時には海難事故が頻発。その都度住民有志が救助作業をしていたという。

 それまでの救助作業は任意的なものだったが、公的で組織力がある水難救助組合の設立運動を住民有志が展開。1891年に牡鹿郡渡波水難救済組合に合同して「大須見張所」として成立した。1904年に渡波組合から独立し、大須水難救済組合となった。

 町史にある大須水難救済組合沿革誌によると、33年の三陸地震津波では、荒地区が甚大な被害を受けたと報告を受けた救助夫らが捜索に向かい、漂流していた17人を救助した。設立から約70年間で救助回数100回を越えたという。

 長い間地域を見守ってきた大須地区の八幡神社の春季例祭は毎年旧暦の3月15日に開催している。今年は5月4日に当たり、4年ぶりに実施した。

 海上安全や大漁を願うみこし渡御の後、宮守を務める住民の自宅敷地内に設けられた舞台で雄勝法印神楽を奉納した。大須埼灯台周辺に市道や遊歩道が整備されたことから、灯台下まで初めてみこしが登った。

古民家や路地、昔の風情残す

車の通れない路地が張り巡らされている大須地区

 大須漁港と県道を結ぶ斜面に住宅が密集する大須地区は、東日本大震災など幾多の災害で大きな被害を免れてきた。江戸時代後期から明治時代中期の建設とみられる住宅など貴重な建築物が多く残る。

 集落には細い路地が張り巡らされ、あちこちに雄勝特産のスレート屋根の古民家が並ぶなど、どこか懐かしい風情が感じられる。

 小松英雄さん(85)の自宅も貴重な古民家の一つ。1889(明治22)年に記された家相図が残り築130年以上と推測される。屋根はスレートぶきで、雨戸を収納する戸袋には波と太陽のように見える細工が施してある。

 大須はワカメやコンブなど海の幸に恵まれ、江戸時代には海産物を江戸に運ぶ廻船で阿部源左衛門家が富を築くなどして繁栄した。今も旧家に凝った意匠が施された神棚が残るなど、江戸との往来でもたらされた高い文化と繁栄をうかがうことができる。

 住民の7割以上が、阿部姓。廻船で成功した阿部源左衛門家の影響が大きいという。阿部利徳さん(88)は「天保の飢饉(ききん)の際に私財を投じ地域の人たちを助けてくれた。恩を忘れないように、血縁関係がなくても阿部を名乗るようになったらしい」と説明する。

 法政大生だった2012年から調査・研究のため地区に通い、20年に移住した会社員西山直輝さん(30)は「三陸沿岸で昔の建物がここまで残っているのは珍しい。人の温かさも大須の魅力だ」と話す。

細かな彫刻が施された神棚。150年以上前に作られたものと見られる

人の優しさに触れ移住、味噌作地区で民泊始める

民宿の縁側から雄勝町の自然を眺める地現さん。「ハイカーの拠点になれば」と期待する

 石巻市雄勝町味噌作地区でハイカー向け民泊「m.s.s books」の経営を始めた女性がいる。広島市出身の地現葉子さん(52)。長距離自然歩道「みちのく潮風トレイル」(八戸市-相馬市)を歩き、雄勝町大須地区で人の優しさに触れた思い出から、「民宿を拠点に、大須地区などにまで足を延ばしてもらいたい」と意気込む。

 地現さんは東京で会社勤めをする傍ら、写真家をしていたキャリアを持つ。カメラで風景を撮影しながら国内外の長距離トレイルに挑戦し、ニュージーランド全土を縦断する約3000キロの「テ・アラロア・トレイル」を踏覇した。

 2018年から、長期休みを利用してみちのく潮風トレイルに挑戦。志津川-女川間などで、ハイカーが利用しやすい宿が少なく、宿泊先の確保に難儀したという。19年12月末の雄勝町大須地区での出来事が印象に残る。

 「みぞれが降る中、大須埼灯台付近でテントを張り一晩過ごそうとしたが、地元の人に見つけてもらい家に招いてもらった。民家に宿泊させてもらったのはこれまでのトレイル経験でも初めて」と振り返る。

 トレイルの後、東北への移住を決意。ハイカー向けの宿が少なかった石巻市雄勝町、女川町、岩手県大槌町、福島県新地町などで何かできることはないかと考え始めた。石巻市、女川町でそれぞれ1週間のお試し移住を経験した後、22年7月、雄勝町味噌作地区の雄勝ローズガーデンファクトリー近くに家屋を購入し、拠点を構えた。

 民泊は23年3月にプレオープン。素泊まりのハイカープランやテント泊などもあり、手頃な値段で宿泊できる。

 「雄勝町は北上町とともに交通アクセスが限られ、宿泊が難しい場所と言われていた。民宿を拠点に、雄勝町内を広く見てもらったり、女川町や石巻市大川地区から足を運んでもらいやすくなったりすればうれしい」と話す。

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 今回は女川・雄勝販売所と連携し、藤本久子記者、奥山優紀記者が担当しました。次回は「石巻市鹿又」です。

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