発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方 > 陸奥海道地方最大の須恵器生産地 2
【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】
第5部 律令国家の蝦夷支配と軋轢
<簡略化し伊治城へ供給>
石巻地方の古代窯業(ようぎょう)生産は、奈良時代後半に桃生町太田窯跡に始まり、続いて須江丘陵で瓦と須恵器の生産が開始されました。古代には自由にモノを作って売買することはできません。焼き物を作る職人は国家や豪族の要求する製品を作るために遠隔地から招聘(しょうへい)されます。須江丘陵で最初に焼き物を焼いた窯は瓦山地区に築かれました。須江瓦山窯跡は赤井官衙(かんが)遺跡にいた東北最大の豪族である道嶋氏が、自分の居宅の屋根を葺くために工人を招聘した窯場でした。
■工人ら代官山へ
須江瓦山窯跡での焼き物作りは継続しなかったようです。須恵器工人はどこに行ったのでしょう。瓦山窯跡の工人は、南東約2キロの須江字茄子川の代官山(だいかんやま)遺跡に移動し須恵器を作ったようです。
代官山遺跡は1991年に発掘調査が行われました。約1万平方メートルの調査範囲から8世紀後葉と9世紀後半の須恵器を焼いた窯跡が1基ずつ、9世紀初頭の竪穴住居1棟、土坑5基、焼土遺構7基などが発見されています。そのうち、8世紀後葉の代官山1号窯で焼かれた製品を調べたところ、とても興味深いことが分かりました。
調査を担当した私は当時、須江窯跡群の窯業生産体制の変遷と流通を研究テーマの一つにしていました。須江丘陵でいつから須恵器が生産され始めていつまで続くのか、どれくらいの量の製品を作っていたのか、製品はどこへ供給されていたのか、誰が生産させていたのかといったことを明らかにしたかったのです。
代官山1号窯では坏(つき)、椀(わん)、高台付(こうだいつき)坏、高台付椀、蓋(ふた)、甕、長頸瓶(ちょうけいへい)、短頸壺(たんけいこ)、鉢などの種類の須恵器が焼かれていました。窯の中からは、瓦山窯跡で生産された丸瓦が製品の焼き台に転用されていました。このことから瓦山窯跡の工人が代官山に来たと推察することができました。
■遠い地に似た器
また、製品は坏や椀の形や作り方に特徴があって、似ている須恵器をあまり見たことがありませんでした。瓦山窯跡で生産された瓦が赤井官衙遺跡に供給されているので、代官山1号窯の製品も赤井官衙遺跡に供給されたのだろうとめぼしを付けてみたところ、量は少ないのですが、見つけることができました。
さらに代官山遺跡1号窯で焼かれた須恵器が主にどこに運ばれたのかを調べるために県内の発掘調査報告書を片っ端からめくっていると、とてもよく似た須恵器を発見したのです。それは須江窯跡群から30キロ以上北西に離れた栗原市伊治城跡でした。それを見つけた時はちょっと興奮しました。
赤井官衙遺跡を除くと、古代牡鹿郡や桃生郡内では発見されていないのに、遠く離れた伊治城から見つかったからです。
私はすぐに築館町(現栗原市)教委の担当者に連絡して、土器を見比べました。やはり、代官山1号窯製品と形、作り方がほぼ同じでした。ちょっと違ったのは、須恵器の色と仕上げ段階の丁寧さです。伊治城跡出土の須恵器の方が技術的に省略された特徴があったのです。その違いから、伊治城跡出土須恵器は代官山遺跡と同じ工人集団が作ったものと考えられますが、ちょっとだけ技術が簡略化する新しい段階の須恵器だと考えました。
いずれにしても、須江窯跡群の工人集団が作ったモノが供給されていることに違いはありません。須江窯跡群の北に接する北上川を遡り、支流の迫川を上って伊治城へ運ばれたのでしょう。これは大きな発見でした。
■道嶋氏が関係か
なぜ、30キロ以上離れた伊治城から出土したのかを考えた時、牡鹿郡の大豪族、道嶋氏が頭に浮かびました。
神護景雲(じんごけいうん)元(767)年、国家の命で伊治城造営に主導的役割を果たした道嶋三山(みちしまのみしま)、宝亀(ほうき)11(780)年、伊治公呰麻呂(いじのきみあざまろ)に伊治城で殺害される牡鹿郡大領(たいりょう)道嶋大楯(おおたて)の記事が「続日本紀(しょくにほんぎ)」に記載されています。道嶋氏と関係の深い伊治城から出土しても不思議ではなかったのです。伊治城跡から出土した類似する須恵器は、780年の伊治公呰麻呂の乱で火災に遭った後投棄された土器と考えられます。つまり、道嶋大楯が伊治城へ供給させた須恵器とも考えられるのです。
現在では、代官山1号窯の製品あるいはその技術で焼かれた須恵器は、牡鹿柵・牡鹿郡家である赤井官衙遺跡、牡鹿郡家の移転先と推定される石巻市田道町遺跡、そして道嶋氏と関係の深い栗原市伊治城跡に供給されていることが分かっています。
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