発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方 >陸奥海道地方最大の須恵器生産地 3
【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】
第5部 律令国家の蝦夷支配と軋轢
<土器に仏教信仰の証し>
須江窯跡群は奈良時代後半(8世紀後半)に瓦山窯跡で始まり、次いで奈良時代の終わり頃(8世紀後葉)に須江茄子川の代官山遺跡で須恵器が生産されました。そしてその製品・窯業技術は栗原市伊治城跡へも供給されていました。
平安時代初め頃(8世紀末~9世紀初め)は、代官山遺跡に隣接する関ノ入遺跡で須恵器生産を継続します。関ノ入遺跡の発掘調査で発見されたこの時期の窯は、11号窯と24号窯の2基だけで、数はあまり多くはありません。窯の構造も代官山1号窯と同じ排水溝を巡らせた半地下式(斜面を掘り下げ細い木と粘土で天井を造ってトンネル状にしたもの)です。
■新しい技術導入
窯の構造は変わりませんが、須恵器を作る新しい技術が導入されました。ロクロで器の形を作る過程で、ロクロから糸を使って切り離す「糸切り技法」と呼ばれるものです。代官山1号窯では「箆(へら)切り技法」という箆でロクロから切り離す技術を使っていましたが、関ノ入11号窯では箆切り技法がわずかで、糸切り技法の製品がほとんどを占めています。器の形や作る技術は工人の系譜によって異なります。従って、須江窯跡群に糸切り技法をもった新しい工人が招聘(しょうへい)されて参入したことがわかります。
平安時代初め頃の竪穴住居や工房跡から興味深い資料が出土しています。仏教に関係する資料です。関ノ入遺跡48号住居から出土した土器に土師器(はじき)多口瓶(たこうへい)、鉄鉢(てつはち)形須恵器(すえき)があります。土師器多口瓶は中央の注ぎ口のほかに肩部に四つの口を付けたもので、西日本の寺院などから出土する例が多いものです。
■須恵器工人作る
須恵器製のほかに奈良三彩(さんさい)や緑釉(りょくゆう)の釉薬(ゆうやく)で色の付いたものもあり、中央貴族が好んだ貴重品です。東北地方では出土例はごく少なく、福島県磐梯町慧日寺(えにちじ)跡、盛岡市林崎遺跡が知られています。関ノ入遺跡の多口瓶は土師器製ですが、ロクロで作られていて、須恵器工人が製作したものです。48号住居の周辺から複数の破片も出土していて、数個体があったようです。鉄鉢形須恵器も修行僧が托鉢(たくはつ)に持ち歩く器に似ていて、仏器(ぶっき)として扱われています。
また、48号住居の隣にある49号住居跡からは須恵器蓋(ふた)に「佛」と墨書したものが出土しています。さらに、代官山遺跡1号住居も同じ時期の住居で、ここからは土師器椀の底部に「佛」と箆で刻書(こくしょ)したものが出土しています。須江丘陵南部の関ノ入遺跡、代官山遺跡の近くに寺院のような仏教施設があったのではないかと考えられます。
古代の寺院は飛鳥の飛鳥寺や山田寺のように有力氏族が建立する氏寺(うじでら)からはじまり、西大寺や東大寺、薬師寺など鎮護(ちんご)国家を願う寺院が建てられます。国郡里制が始まると、国府に付属する寺院や国分寺・国分尼寺が建てられました。陸奥国でも国府多賀城の隣に多賀城廃寺(観音寺)、仙台平野に陸奥国分寺・国分尼寺が建立されています。
地方でも有力氏族が寺院を建立し、有力氏族は後に郡家(ぐうけ)の長官となると、氏寺が郡家付属寺院として維持されていきます。このような寺院には、瓦葺(かわらぶき)の金堂(こんどう)、塔、僧房(そうぼう)の建物が回廊で囲まれたりする伽藍(がらん)を形成していました。
古代牡鹿郡はというと、今のところ伽藍をもつ古代寺院は発見されていません。寺院跡からは建物部材の瓦が多数出土する例が多いのですが、牡鹿柵・郡家の赤井官衙遺跡からはまだ寺院の建物は発見されていません。桃生城では城内の東寄りにあたる新田東(しんでんひがし)遺跡から、鉄鉢形須恵器や土製の小塔が出土していますが、寺院ではなく仏教信仰の場のようです。
奈良時代後半以降になると、仏教が普及し、里(さと)でも仏教を信仰する場がつくられるようになります。大きな金堂や塔は建てられませんから、村に小さなお堂のような建物を作り、仏像や瓦塔(がとう)と呼ばれる土製の塔を安置したり、仏器を使って行事を行ったりしたようです。
■村落寺院関係?
関ノ入遺跡、代官山遺跡の仏器や「佛」の文字資料は、平安時代初め頃に新たに招聘された須恵器工人が信仰の対象として建てた村落内寺院に関係する資料なのかもしれません。
関連リンク
- ・発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方 > 陸奥海道地方最大の須恵器生産地 2(2023年10月4日 )
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