なりわい(5)事業をつなぐ/「原価意識」 経営強化へ

取引先で新商品の相談をする東松島長寿味噌の後藤工場長(左)=1月20日、宮城県大河原町

 良い商品をつくるだけでは、会社は生き残れない。

 「原価意識を持て」

 みそ・しょうゆ製造「東松島長寿味噌(みそ)」(宮城県東松島市)の工場のホワイトボードに、最重要事項として記されている。後藤秀敏工場長(52)は、東日本大震災から10年の変化として「作り頭(がしら)として数字を計算するようになった」と語る。

 同社は、震災後の2018年に倒産した高砂長寿味噌本舗(同県石巻市)ののれんと従業員を引き継ぎ、宮城県東松島市の建設業「橋本道路」が同年2月に設立した。

 高砂は前身が1901年創業の老舗。県内有数の味噌ブランドだった。全国の品評会で最高賞を獲得した実績を持つ。石巻市の本社蔵が津波で被災し、05年新設の東松島市のみそ工場に機能を移し、グループ化補助金を活用して拡充を図っていた。

 しかし、みその需要は年々落ち込んでいた。売り上げは減少の一途をたどり、経営不振に陥った。17年には原料不足で生産も滞った。最終的に負債額は約7億5000万円に上ったという。「高砂は高い技術を安売りしていた」と関係者は言う。

 新会社では原価意識の重要性を徹底して説く。「赤字の企業として自覚が生まれた」と後藤工場長。原料費、人件費を可能な限り切り詰める。売れる商品づくりにも励む。

 本業の赤字分を補填(ほてん)し、商品の原価を下げるためには、親会社の委託事業も請け負う。男性従業員はメガソーラーの草刈り、女性従業員はグループ企業が運営する施設の清掃に、それぞれ空いた時間に携わる。社員の1人は「なぜ職人が草刈りをするのかと最初は思ったが、今は大切さを理解している」と語る。

 同社社長を兼任する橋本道路の橋本孝一社長(73)は「伝統と雇用を守る使命感から再生に取り組んだ。品質はもちろん、生産性を高め、従業員と日本一のみそ屋にする」と強調する。

 いつ会社を引き継ぐか。1943年創業、石巻精機製作所(石巻市)の3代目、松本賢社長(67)の思いは、震災をきっかけに一気に現実味を帯びた。

 機器製作や工場のメンテナンスを手掛ける同社は、津波で本社工場と日本製紙石巻工場内の事業所が被災。再開に奔走するさなか、東京で働いていた長女祐佳さん(37)が帰郷、入社を決断してくれた。松本社長は「次に引き継ぐ流れが速まった」と振り返る。

 取締役総務部長に就いた祐佳さんが着実に地歩を固めていた18年2月、松本社長が倒れた。1週間、意識不明が続く。幸い仕事に復帰できたが、「できるだけ早く体制を整えておくことが大切だ」と痛感した。

 19年10月、七十七キャピタル(仙台市)が、株主の一部から株式を引き受ける形で石巻精機に投資した。事業承継に向けて相続税を抑えられる効果がある。

 松本社長は「中小企業は雇用の大部分を維持する国の力そのもの。震災のような困難があっても次世代に引き継ぐことが私の仕事だ」と語り、承継における税制面の優遇措置の必要性を訴える。

宮城学院女子大・石原慎士教授/異業種連携、個性を価値に

[いしはら・しんじ]弘前大大学院博士後期課程修了。八戸大准教授、石巻専修大教授などを経て2018年4月から現職。専門はマーケティング論。名古屋市出身。

 東日本大震災後の「なりわい」の再生には、多くの課題があった。10年を経て、これからの地域に何が必要か。宮城県石巻市を中心に被災地企業の現状を研究してきた宮城学院女子大の石原慎士教授(50)=マーケティング論=に聞いた。

 -被災企業の震災後10年の動きをどう見るか。

 「津波で生産基盤を失い、グループ化補助金で設備を復旧したものの、販路を失った。補助金の自己負担分(復旧経費の4分の1)は5年間の返済猶予があったが、売り上げが伸びなければ返済できない。販路確保のため、今までと異なるビジネスを展開する必要に迫られた」

 「石巻の企業に対し、設備復旧までの間、自社製品を県外で生産することを提案した。経営者は自社生産が原則という考えが強く、ノウハウ流出を懸念していたが、2社が賛同した。代替生産で客をつなげば、販路を維持できる。災害に備えたBCP(業務継続計画)としても重要だ」

 -グループ化補助金をどう評価するか。

 「各社は事業再開に不安を抱いており、生産を回復するために補助金は有用だった。ただ当初はハードの復旧、しかも震災以前の水準までが条件だった。新規事業に取り組みたいと思っても適用されなかった」

 「原状復旧の場合、設備は1980~90年代の規模となる。震災時の経営環境では過剰な投資だ。一方で身の丈に合った復旧ができた企業はそれほど苦しんでいない。補助金を使って整備した設備も融通や譲渡ができる制度があればいいかもしれない」

 -補助金が、本来淘汰(とうた)されるはずの企業を「延命」させたとの見方がある。

 「私の考えは違う。その地で企業が何代も事業を営み、産業に貢献してきたのは事実。企業が集積して産業が成り立ち、それぞれ役割を担ってきた。企業が減れば産業は縮小する」

 -今後、被災企業に何が必要か。

 「震災直後は公助に期待する企業が多かったが、行政が全てに対応することは難しい。産業復興の本質は、民間を主体に、行政がバックアップ、経済団体や大学がコーディネートするといったそれぞれの役割を自覚することだ」

 「石巻のある水産加工業者は、従来の安売りを脱却して大手との差別化を図った。販売先は増えていないが、付加価値が増えて狙い通りに減収増益となった」

 「業種の壁を取り払い、地域資源を生かした住民主導の『内発的発展』の意識が必要だ。異業種が連携することで、地域の個性が出る。個性を付加価値として、営業力や商品提案力を強化していく必要がある」

 石原教授が挙げる異業種連携の一例が、石巻市の企業や大学などが2016年に設立した「石巻フードツーリズム研究会」だ。傘下の石巻おでん部会は、地元の練り物文化を生かして付加価値を高めた商品を開発し、共同で提案する。

 部会には水産加工会社や食品メーカー、飲食店など100社近くが参加。石巻が発祥とされる「ぼたん焼ちくわ」や、金華サバの中落ち付き中骨を使った揚げかまぼこ、サバだしなど、原料は全て国産だ。

 17年から月1回、カクト鈴木商店で2時間限定の直売会を開催。10社が集まり具材などを販売する。部会長で山徳平塚水産の平塚隆一郎社長(61)は「震災を機にチームでやる空気ができた」と話す。20年11月には、宮城学院女子大と連携して開発したレトルトを発売。売れ行きは上々だ。

 石原教授は「地元客も直売会を歓迎している。同業者が本音を言い合える有機的な関係が築けた」と手応えを語る。

月1回、2時間限定で開かれる「石巻おでん」の直売会=1月16日、石巻市のカクト鈴木商店
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