「復興再考」第8部 なりわい(6完) 農業再生/進む法人化 持続性探る

「仙台井土ねぎ」を収穫する大友さん。地域営農の持続的発展を期し、試行錯誤を重ねる=10日、仙台市若林区井土

 仙台市若林区の井土地区で10日、甘味と柔らかさが特長の「仙台井土ねぎ」の収穫作業が大詰めを迎えていた。

 「震災で全てを失ったが、種まきをして何とか10年間走ってきた」

 農事組合法人「井土生産組合」の看板商品に育てた組合長の大友一雄さん(76)が、復興の歩みをかみしめる。

 井土地区は仙台湾が目の前に広がる海抜ゼロメートル地帯。東日本大震災の津波は浜辺の松林をなぎ倒し、田畑や集落をのみ込んだ。

 「農地を委託したい」。地元農家を対象にしたアンケートで、73戸の約9割が自力再開を断念する意向を示した。地区のリーダー格だった大友さんら15人は2013年、再起を懸けて組合設立に踏み切った。

 国の区画整理事業を活用し、農地100ヘクタールを集約。コメやレタス、トマトなどの複合経営に取り組み、スーパーや飲食店とも直接取引して販路を広げた。

 20年の売り上げは約1億4000万円で発足時の2倍に伸びた。軌道に乗りつつある一方、経営基盤の再構築を迫られている。

 国の復興交付金を財源にした市の制度で、無償で貸し出された農機が次々に耐用年数を迎えた。更新などの設備投資額は3000万円以上。新型コロナウイルスの感染拡大で米価が大きく下落し、7割をコメが占める販売構造を直撃した。

 組合員の高齢化も進んでいるため、最新農機の投入で作業効率を向上させ、生産コスト削減を徹底する。大友さんは「個人にはできない大規模投資が可能な組織営農の利点を生かし、魅力ある農業を実現して若者を呼び込みたい」と意欲を語る。

 宮城県の被災農地1万3710ヘクタール(転用分を除く)は本年度内に全て復旧する見通しだ。国直轄を含めた事業費は1700億円以上で、ほとんど公費で賄われた。兼業が中心の個人経営が減少の一途をたどる一方、県内の法人経営は18年時点で震災前(10年)の2倍近い669法人に増えた。

 法人化に農業再生の手掛かりを求めたものの、悪戦苦闘する例は少なくない。6次産業化のモデルと期待された「さんいちファーム」(宮城県名取市)は設立3年後の15年、1億4000万円の負債を抱え自己破産した。目玉の水耕栽培による野菜工場は、肝心の販路を築けなかった。

 同県東松島市の100ヘクタールでコメと麦、大豆の輪作や6次化を実践する農業生産法人「アグリードなるせ」は農業の外側に目を向ける。

 復興応援の縁でアサヒビール(東京)に「スーパードライ」の原料として大麦を提供し、菓匠三全(仙台市)と大豆の菓子を共同開発した。

 農商工連携に注力し、自前の直売所を設けて収益力の強化も図る。思い描く未来図は、従来の枠を超えた新しい地域営農の姿だ。

 会長の安部俊郎さん(63)は「多様な収入源があれば、有事のリスクを回避できる。これからは異業種に開かれた農業、多様な需要に応えられる生産体制が必要だ」と話す。

 ◇
 第8部は氏家清志、高橋一樹、中本亮、丸山磨美、水野良将、伊藤恭道、古賀佑美、鈴木俊平が担当しました。

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