斎藤四郎治(さいとう・しろうじ)―植物研究者(白石市)―郷土の巨樹、国の財産に

斎藤の肖像画を持つひ孫のよう子さん
斎藤の功績をたたえる記念碑。隣にはヨコグラノキが植えられている
幹が上へと左巻きに伸びているヒダリマキガヤ
推定樹齢300年超とされるコツブガヤ

 山野を歩き、木々や草花を観察する。白石市の植物研究者として知られる斎藤四郎治(1872~1946年)が見いだした巨樹銘木は、今も国の天然記念物として故郷に息づく。

 斎藤が生まれ育った同市小原地区に立つ高さ約20メートル、樹齢200年超の「ヒダリマキガヤ」も、その一つだ。イチイ科の常緑高木カヤの変種。通常は幹が上に向かって右巻きとなるが、この木は左巻き。希少性から1942年に天然記念物となった。

 同市に現存する五つの国天然記念物のうち、「ヨコグラノキ北限地帯」「コツブガヤ」を含む三つが斎藤の尽力による。

 市の資料によると、斎藤は旧小原村の農家の三男に生まれ、小原小で教員となった。32歳で校長となり、郷土の沿革や産業をまとめた「小原村誌」を書き上げている。その間、郷土の植物研究も続け、23年に51歳で教壇を離れると、東京にある民間の植物研究所の採集員となった。

 北は樺太から南は台湾まで、採集の旅は広域にわたった。地元でのヒダリマキガヤの発見は24年。伐採などからこの木を守るため、28年に土地を譲り受けたとの逸話も残る。30年に帰郷し、小原村議など地区の要職を務めた。

 白石市史の資料には晩年の様子をうかがわせる記述がある。「小原白石3里半(14キロ)の往復を洋傘に風呂敷包みを掛け、かついで徒歩で両側の植物の確認を続けられた」。情熱が尽きることはなかった。

 探究心に駆られ、標本を作り、分類にいそしむ。そうしたアマチュアの研究者の積み重ねが植物学を支えている。

 「自分の足で丹念に郷土を調べ、子どもたちに天然記念物という形で功績を残し、地域の植物を教材化した」。同市で長年にわたり植物の研究を続ける東北植物研究会の上野雄規会長(73)は教育者としての一面を高く評価する。

 斎藤の実家があった付近には、ひ孫のよう子さん(64)が住む。少し歩けば曽祖父の功績をたたえる碑があり、天然記念物のコツブガヤも見られる。「いいところです。特に季節の変わり目は景色が日に日に入れ替わるよう」と小原の自然の豊かさを語る。

 身近な木々の違いに目を留める人は少ない。その地に暮らし、観察と分析を続ける者だけが新たな発見にたどり着く。地域の巨樹銘木は、広く国の財産となる可能性を秘めている。(白石支局・岩崎泰之)

[メモ]斎藤四郎治が指定に関わった国天然記念物は他に「カントウマユミ」と「サイカチ」が知られる。ともに小原地区にあったが、枯死して指定を解除されている。白石市の植物以外の指定は小原地区の「材木岩」、大鷹沢・白川地区の「菊面石」がある。

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みやぎ 先人の足跡

 私たちの暮らす現代社会の豊かさは、先人たちのたゆまぬ努力と強靱(きょうじん)な意志、優れた知性や感性などに支えられ、長い年月をかけて育まれてきた。宮城の地域社会に大きな影響を及ぼしてきた人々の足跡をたどり、これからの社会やおのおのの人生をより良くするヒントを学び取りたい。

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