辞任決断の保健相「自分に緊急ブレーキを」 <連載・コロナ下のウィーン(4)>

客の姿が戻ったカフェの店内
営業を始めたカフェ「ドンマイヤー」の店構え

 オーストリアの病院に勤務する斎藤若奈医師(仙台市出身)に「コロナ下のウィーン」の医療や暮らしをつづってもらう連載の第4回。河北新報オンラインニュースのオリジナル記事としてお届けします。

パンデミックに休みなし

 ウィーンでは新規感染者数が減って5月半ばから段階的なロックダウン解除となり、陽気とともに明るい雰囲気が戻ってきました。1カ月ぶりにお店が開き、初日は行列ができたというニュースが流れました。昨年11月から閉まっていたレストランやホテルもついにオープンです。

 1カ月ほど前、まだ患者数が増え続け集中治療室(ICU)のベッドが埋まり、私の勤務先も含め医療現場がヒーヒー言っていたころ、保健大臣のアンショーバー氏が、健康上の理由で辞任を決断しました。

 辞任会見で感極まり「私は疲れ果てたが、パンデミック(世界的大流行)に休みはない。私は過労によって自分自身を壊したくないので、『自分の緊急ブレーキ』を掛けなければならない」と語りました。

 緑の党出身で、昨年1月からこの目まぐるしい時期に対応してきたので、それはそれは大変だったことと思います。

 大臣は、世界でもトップクラスのコロナ検査数の体制を構築し、各国のモデルになったと評価した上で「過激な批判、脅しにより警察の警護が付くようになり、私のエネルギーの源であった公共交通機関にも乗れなくなってしまった。これまで愛情あふれる応援をしてくれた方々、ありがとう。そしてさようなら」。率直な言葉は、彼の人間性を感じさせるものでした。

短期間なら耐えられても

ロックダウン中は、観光客も多く訪れる有名な市場「ナッシュマルクト」からも人の姿が消えた

 代わって大臣となったのは白いスニーカーを履いた開業医、ミュックシュタイン氏です。任命式にもスニーカーで登場したのが話題になりました。

 ちなみに、こちらの内閣の平均年齢はなんと46・5歳。女性が半分を占め、任期中に出産休暇を取った大臣は今までに2人(1人はパパ休暇)います。

 政治家や専門家が過度な批判にさらされることが当地でも問題になっています。人々の健康を守ることは当然求められますが、一方で「自分で自分の緊急ブレーキを掛ける」という言葉の通り、いかにしてこのコロナ禍で自分を守るかは、大きな課題でしょう。

 辞任した大臣も「コロナはわれわれの生活を全く変えてしまった」と語りましたが、感染による体の問題だけでなく、全ての人が精神的苦痛を強いられています。

 厳しいロックダウンを今まで4回繰り返してきたので、その影響として心の問題が大きくなっています。

 この13カ月間でどのように心理的ストレスが変化しているかという研究では、オーストリアの若者の2人に1人が強い精神的ストレスを感じ、国民の5人に1人がいまだに外出に恐怖を感じていると報告されました。

 強い精神的ストレスを感じている人の割合は昨年5月が25%だったのに対し、今年3月には30%以上に増加。特にイライラするという答えが大幅に増えました。経済的ストレスは昨年と今年で変わりなかったものの、身体的ストレスが増えているという答えが14%から22%になりました。約半数の人が「大切な人に会えない状態が続いている」と答えました。

 専門家は「人間は本来、短期的なストレスには十分対応能力があるが、今回は長期化しているため難しくなっている」と言います。

 特に影響を受けたのが若者と女性。若者は生活リズムが乱れ、将来への不安が強くなっています。女性は家庭と仕事、子供の休校などで負担が増えました。

オーストリア国民の心理的ストレスの変化を調べた研究を紹介するサイト
任命式に白いスニーカーを履いて現れたミュックシュタイン氏(オーストリア放送協会のウェブサイトより)

実現されぬ希望は逆効果

 日本人にとってはちょっとびっくりする事ですが、こちらの人々にとっては親しい人とのあいさつでハグや頬へのキスなどは普通のことなので、それができないことはかなりのストレスになっているようです。人に触れてもらえないことから、「自分は好かれていないんだ」「自分はダメなのだ」と勝手に感じてしまう危険性を心理士が訴えています。

 イライラの増加は攻撃性につながります。移民が多いオーストリアですが、ある政治家が「ICUを半分以上埋めているのは移民だ」とフェイスブックに投稿したのがきっかけで、感情的な議論がソーシャルメディア上で活発に議論されたことがありました。

 その後、実際のデータでは、ICUで治療された88%はオーストリア国民だったと訂正されました。ある研究では、移民はコロナでより深刻な影響を受け、感染リスクも約2倍高くなるが、窮屈な生活環境、貧困、在宅勤務の機会の減少、言語の壁、以前からの病気の増加などのためであることが示されました。

コロナ禍が移民に与えた影響を紹介するサイト

 精神科医は心理的ストレスに対し「体を動かし、十分な睡眠をとり、昼夜のリズムを保ち、希望を持つことが大切だ」と言います。

 ただ、目先だけの希望で実現されず延期されたり、がっかりさせられたりするのはかえって逆効果になる、とも。また、できる限り決定プロセスに人々を巻き込むことと、自ら決めた制限の方が人から決められた制限よりもストレスが少なく感じると言います。

 しかし、いつまで続くかわからないこの状況で希望を持つことはそう簡単ではありません。

 オーストリアと日本では文化も状況も異なりますが、辞任した大臣のように、自分の心の中をのぞき「無理をしている自分を認める」ことは、このストレスと共存する助けになるのではないでしょうか。

ウィーン市庁舎では、お祭りの準備が始まっていた
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