「稼げる」と自分に言い聞かせ漁師に 宮城の元協力隊員が独立

漁に使う網を準備する青野さん

 宮城県塩釜市の浦戸諸島・寒風沢(さぶさわ)島で地域おこし協力隊員として漁業を学んでいた青野友樹さん(35)=仙台市出身=が独立し、一人前の漁師として刺し網漁に挑んでいる。島の刺し網漁師は高齢化などで約40年前の最盛期の3分1となる約5人にまで減少しており、数少ない後継者として期待がかかる。青野さんは「自分がしっかり稼ぐことで後に続く若者を増やしたい」と意気込む。

 東京の携帯電話販売代理店で働いていた青野さんは宮城へのUターンを考え、2017年夏に石巻市などで開かれた「みやぎ漁師カレッジ」を受講。寒風沢島の刺し網漁師八木輝明さん(78)と出会った。

 講師として参加した八木さんは漁の手順などを説明した後、塩釜市が島の後継者育成の一環で、協力隊員として漁業従事者を募集していると紹介。3年の任期中に漁業権取得の可能性があることにも触れていた。

 塩釜は青野さんの祖父母が住んでいた土地で親しみがあった。独立への意欲もあり、神奈川県出身の妻を説得して島に移住。18年4月から八木さんら5人の刺し網漁師の船に乗り込んで漁業を学んだ。

 初めての海の仕事は「船酔いで2年目までは毎日吐いていた」という。体はつらかったが、先輩漁師たちが気遣ってくれ、やめたいとは思わなかった。「独立したら稼げる」と自分に言い聞かせて乗り越えた。

 仕事ぶりが認められ、昨年9月に漁協の准組合員になった。協力隊員の任期は今年2月で終了。八木さんは青野さんの独立に合わせて引退し、所有する船を譲渡した。青野さんは早速、春のシラウオ漁に取りかかり、5月上旬に刺し網漁を始めた。

 島の若手漁師は20代が1人、30代は青野さんと後輩の男性協力隊員の2人だけ。八木さんは「75歳で漁師を辞めるつもりだったが、青野君を後継者に育てようと延ばした。島に残って船と共に寒風沢の刺し網漁を引き継いでほしい」と成長を見守る。

 当面の利益目標は年間1000万円を掲げるが、新型コロナウイルスの影響による価格低迷が逆風だ。島は好漁場が近くにあるが、出荷には船での送料などのコストが余計にかかる。

 刺し網漁のメインとなる夏はカレイやヒラメ、ワタリガニなどを狙う。青野さんは「冬の収入減を補う海藻養殖にチャレンジすることを検討している。寒風沢に合った漁業を見つけ、水揚げ高を増やしたい」と前を向く。

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