「山脈ハウス」苦渋の閉店 栗駒耕英のシンボル、内陸地震の復興支える

 宮城県栗原市栗駒耕英の観光施設「山脈(やまなみ)ハウス」が閉店する見通しとなった。運営する地元住民の組合が方針を決めた。2008年に発生した岩手・宮城内陸地震の復興イベントや地区の集会などに利用され、地域のシンボルとして親しまれていた。組合員の減少、新型コロナウイルスの収束が見通せない現状を踏まえた。

内陸地震発生時に止まった山脈ハウスの時計を見上げる(左から)大場さん、熊谷さん、斎藤さん=4日午後、栗原市栗駒耕英

 山脈ハウスは1989年、耕英地区の振興を目的に旧栗駒町が建設した。地区住民が組合を設立して施設を借り、イワナ料理店、日帰り温泉を運営してきた。

 地区内に集会所がないため、会合などにも利用した。組合会計の斎藤英志さん(71)は「開拓記念、耕英分校開校記念などほとんどの行事の会場だった」と説明する。

 地震の発生直後は多くの住民が山脈ハウスに避難し、救助に駆け付けた消防隊員らに炊き出しの食事を振る舞った。副組合長の熊谷信雄さん(68)は「昼に家の片付けをして、夜に山脈ハウスで今後のことを話し合った」と振り返る。

 地震で休業し、2年後の2010年に営業を再開。復興イベントなどを開いて多くの観光客を集めた。

避難先の山脈ハウス前で消防隊員に炊き出しの食事を提供する住民=2008年6月15日

 7人いた組合員は4人が亡くなり、現在は3人。近年は固定費の負担が重くなっていた。施設は電気とガス料金だけで年150万円以上かかる。赤字が出れば自分たちで補填(ほてん)した。

 昨年は新型コロナによる観光自粛の影響で売り上げが落ち込んだ。国の持続化給付金を大崎市内に設けられた窓口に申請したが、「法人格がないので対象外」と言われ望みを絶たれたという。

 閉店は今年3月、組合員で話し合って決めた。13日に准組合員6人と総会を開き、正式に決定するという。4月からの今季の営業は見合わせていた。

 地震から14日で13年。組合長の大場浩徳さん(60)は「みんなが集まる場所を守ろうと歯を食いしばって続けてきたが、閉めざるを得ない」と悔しさをにじませた。

 地区では山脈ハウスを集会所として利用できるよう栗原市に要望したい考えだが、「条例を変えないとできないので難しい」と説明を受けているという。

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