亜星さんへ尽きぬ感謝 仙台・弁当の「こばやし」 同姓が縁でCMソング依頼

1978年、工場を訪れた亜星さんと記念撮影する社員ら。亜星さんから左へ2人目が当時の社長泰子さん、右端は専務の蒼生さん。車には初代ロゴマーク
社員の名刺にも亜星さん

 「集まったーらこばやしのー おー弁当ぉー」。5月30日に88歳で亡くなった作曲家の小林亜星さん。数ある有名作品のほか、仙台市民にとっては弁当製造・販売「こばやし」(仙台市宮城野区)のイメージキャラクターとCMソングを通じて、なじみ深い存在だった。長年の「顔」である亜星さんの訃報に、同社は感謝の思いを新たにする。

 「先生には、ただただ感謝しかない」。こばやし会長の小林蒼生(しげお)さん(78)がしみじみと語る。

 きっかけは専務だった1975年、テレビで見た亜星さんの姿だった。直感したという。「当時はダイエットなんて今ほど言わなかった。太っていることは食欲のシンボル。しかも同じ姓。これだ、と」

 亜星さんは74年のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」の主演で国民的人気を集めたばかり。難しい交渉を予想したが、広告代理店を通じた依頼にあっさりOKが出た。「二つ返事で快く応じてくれた。東北の小さな企業の依頼を受けてくれるなんて」。小林さんは驚いたという。

 誕生したCMソングは「それでは皆さんご一緒に 集まったらこばやしのお弁当」のサビが耳に残るポップなメロディーで、2番まである。作詞は伊藤アキラさん。亜星さんの代表作の一つで「この木なんの木」の歌い出しで知られる「日立の樹」と同じコンビだ。くしくも伊藤さんは亜星さんに先立つこと半月前、5月15日に他界している。

 併せて作ったロゴマークには法被姿の亜星さんを採用。実在の人物をマークに描くことは珍しかった。「子どもの頃、『あれ、おまえのお父さんだろ』なんて言われて困った」と笑うのは、小林さんの長女で4月に社長に就任した本正史枝さん(47)。実はマイナーチェンジを重ね、現在は少なくとも3代目になる。

 

背広を仕立てにテーラーへ

仙台市内のテーラーで採寸する亜星さん=1978年

 亜星さんは78年、仙台市を訪れ、こばやしの弁当工場を見学した。「自分の目で見に来てくれて、仕事に対する熱心さ、責任感を感じた」(小林さん)。

 当時は母泰子さんが社長。体の大きな亜星さんに背広を仕立てようと、市内のテーラーに連れて行く歓待ぶりだった。親交は泰子さんが4年前に亡くなるまで続いた。

 46年たった今も、ロゴマークは商品や社屋、配送車、名刺などで活躍。CMソングも現役だ。駅弁中心だった同社はイベントへの納入、地元プロスポーツとの連携など幅を広げ、昨年は創業100周年を迎えた。同時に襲った新型コロナウイルス禍で奮闘が続く中、小林さんは力を込める。

 「亜星さんの存在があって、商品と市民との距離がより近くなった。『集まったらお弁当』というフレーズの通り、これからも努力して喜ばれる商品を作っていきたい」

 今後のキャラクターの扱いは事務所などとの話し合いによる。小林さんは「変わらずに使わせてもらいたい」と話す。

白い作業着姿で工場を見学する亜星さん(中央)。当時の泰子社長(左から2人目)とは長く親交が続いた=1978年、仙台市若林区
本社の工場兼店舗にも亜星さん=仙台市宮城野区

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