ヤングケアラーに見る福祉の課題 「脱家族介護」へ転換急務

神戸市が全国で初めて開設したヤングケアラーの相談窓口。初日から相談が相次いだ=1日

 親やきょうだいなどを世話するヤングケアラーの存在が、家族による介護の在り方を問い直している。当事者や経験者への取材で家族が世話を継続するための支援不足と、家族介護を前提としてきた社会福祉制度の問題点が見えてきた。国はようやく支援に動きだしたが、それだけでは根本的な解決にはつながらない。「脱家族介護」にかじを切る段階に来ているのではないか。
(報道部・岩田裕貴)

 「私もヤングケアラーになっていたかもしれない」
 6月上旬に掲載した連載記事「ヤングケアラー 東北の現場から」の取材で、自分とほぼ同世代の男性2人から話を聞き、そう感じた。
 予備校生加藤啓太さん(18)は重度の知的障害がある兄宙歩(ひろむ)さん(21)の介助を両親と分担。パート従業員秋保秀樹さん(33)は16~23歳の8年間、認知症の祖母を母と共に介護した。
 私が高校生の時、祖母の認知症が悪化し、日常的に介護が必要になった。ホームヘルパーを利用し、祖父や両親が仕事の合間に介護した。ひとり親家庭だったり両親が病気で倒れたりしたら、自分はどうなっていたかと考えた。
 結果的にそうはならず、勉強や就職活動などに打ち込める環境で過ごしてきた自分。2人への引け目と、何とかしたいという使命感が入り交じった思いを抱えながら取材を始めた。
 啓太さんは宙歩さんの世話を通じて、障害者が社会で置かれた現状に関心を持つようになった。父清也さん(57)は「世話は啓太の生きがいにもなっている。成長に良い影響を与えている」と教えてくれた。
 一方で厳しい現実も知った。知的障害者は特別支援学校在籍中に放課後等デイサービスを利用できるが、卒業後はない。自宅での介助のため、親が転職・離職を強いられる例もある。
 介護の負担で高校を中退した秋保さんは「介護のない人生が欲しかったと考えたこともある」と明かす。祖母をみとった後の就職活動で介護経験を話すと「介護経験は仕事の上で無意味だ」「なぜ施設に預けなかったのか」といった言葉を投げ掛けられた。
 家族のために家族が犠牲になる以外の道は、どうすれば開けるのか。連載記事を読んだ仙台市太白区の及川智さん(43)から「家族の世話を他者に委ねることへの後ろめたさを解消する必要がある」とのメールを頂いた。
 脳性まひの障害がある及川さんは幼少期から20代前半まで両親が介助を担い、兄と弟も世話を手伝った。今は1日平均14時間のホームヘルプサービスを受け、妻と暮らす。及川さんは「同居家族がいると福祉サービスが得られにくい。そんな現状を変え、もっと家庭の中にサポートを増やすべきだ」と訴える。
 家族介護に頼る福祉の在り方には長年、家族の自助を「美風」として志向してきた政治の本音もにじむ。子が親の面倒を見るという素朴な家族介護の幻影でなく、複雑で深刻な現実にもっと目を向けてほしい。

[ヤングケアラー]法令上の定義はないが、ケアが必要な家族やきょうだいを世話する主に18歳未満の子どもを指す。政府が4月に公表した実態調査結果によると、「世話している家族がいる」と回答した中学生は5・7%(約17人に1人)、高校生が4・1%(約24人に1人)。政府は18日に閣議決定した経済財政の運営指針「骨太の方針」にヤングケアラー支援を初めて明記した。

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