<アスリートの伴走者>真面目な息子、重圧を力に アーチェリー・古川を見守った両親

古川の父勝也さん(左)と母礼子さん=青森市

 「恥ずかしがり屋で、人一倍緊張する子。でも何事も一生懸命なので頼もしかった」。アーチェリー男子で東京五輪代表の古川高晴(近大職、青森東高-近大出)の父勝也さん(69)、母礼子さん(66)=青森市=は口をそろえる。
 林野庁に勤めていた勝也さんの仕事柄、古川は小学3年まで全国を転々とした。「二つ上の兄と高晴の将来を考えて」。勝也さんの最初の赴任地で、礼子さんの出身地でもある青森市に自宅を構える。ここで類いまれなる才能が開花した。
 アーチェリーとの出会いは偶然に偶然が重なっている。
 中学時代は英語部。中総体の応援に借り出された際、たまたま隣の弓道場で高校生の試合が行われていた。「帰宅するなり『すごくかっこ良かった。高校では弓道をしたい』って。目を輝かせながら話していました」。礼子さんはそう振り返る。
 青森県内で弓道部があるのは随一の進学校青森高だけ。進むにはわずかに点数が足りない。親子で話し合って選んだのが、同じ弓を使うアーチェリー部がある青森東高だった。
 親子で図書館を探しても専門書は一冊も見つからない。そんなマイナー競技に、古川はのめり込んだ。
 連日の居残り練習で、帰宅は毎日午後8時を回った。休日は野球部が朝練を始める前の午前6時から、グラウンドに的を設けて練習した。雨の日も、風の日も弓を引き続ける。「雷以外は試合がある。こういう日だからやる」とはつらつと出掛けた。
 高校3年で国体で優勝し、2004年のアテネ大会で五輪初出場を果たした。北京五輪で2大会連続出場を果たしたが、まさかの1回戦敗退。これを機に長いスランプに陥る。
 「一番悩んだ時期だった」。勝也さんは声を落とす。古川はこの頃、体力を温存するため、メリハリをつけた練習法を試していた。正月に帰省した際に「うまくいかない」と悩みを打ち明けられ、両親は「高晴はコツコツ型。これまで通り、生真面目に練習してみたら」とだけ助言した。
 12年のロンドン五輪で銀メダルを獲得し、我慢の時は報われた。礼子さんは「一番印象に残る五輪。あの苦労がなければ、今頃はてんぐになっていたかもしれない」としみじみ語る。
 五輪出場を決めた今年3月の選考会後に「緊張した、疲れた」と電話があった。「いつになく疲れ切っていた。東京五輪への重圧を感じた」と礼子さん。勝也さんは「自分の力を発揮すれば、結果はついてくる。本人が納得できる成績になってほしい」。両親は祈るような思いで本番を待つ。

[古川高晴(ふるかわ・たかはる)]五輪は04年アテネ大会から4大会連続出場し、12年ロンドンで銀メダルに輝く。15年世界選手権で銅メダル。18年ジャカルタ・アジア大会は混合リカーブで金メダル。175センチ、87キロ、36歳。青森市出身。

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