<アスリートの伴走者>教え子の決勝対戦を待つ バド・永原を中学で見いだした恩師

青森山田高女子バドミントン部の藤田監督=青森山田高

 「うちにどうしても欲しいのですが」。青森山田高女子バドミントン部の藤田真人監督(42)は興奮気味に体育館の隅から北海道の中学校に電話した。この時、東京五輪金メダル候補の永原和可那(北都銀行)はまだ中学2年。数々の精鋭を輩出した名門校で「歴代最速」の入部内定だった。

 永原の良さは精神面にあった。

 中2の秋に青森山田高であった福島・富岡高(現ふたば未来学園高)宮城・聖ウルスラ学院英智高の合同合宿。全国から優秀な中学生も招かれ、永原もその一人だった。

 集まっていたのはいずれもインターハイで優勝を争う強豪校。体育館は張り詰めた雰囲気に包まれている。その中で最年少の永原の掛け声がひときわ響き渡った。

 「全然物おじせず、がんがん声を出す。こんな子は見たことがなかった」(藤田さん)

 高校1年で既に165センチ。長身を生かしたショット、クロスは威力があった。一方でネット際のプレー、バックハンドなど器用さは足りなかった。

 永原の2学年上に同じ女子ダブルスで東京五輪に出場する福島由紀(丸杉Bluvic)がいる。藤田さんは福島には天性の素質を伸ばそうと技術的な指導を控えたが、永原には細かくフォームの修正を求めた。「福島は歯向かってくる時もあったが、永原は誠実で勤勉。福島は生活態度を何度も注意したが、永原に怒ったことはほとんどなかった」と言う。

 素直な優等生タイプの永原だったが、心の奥には熱いものを秘めていた。恩師の脳裏に刻まれている出来事がある。

 1年の時、ダブルスのインターハイ予選で、同校の上級生ペアと対戦した。普段は絶対に勝てない相手だが、一人がけがをしており勝利を収めた。直後、永原は人目をはばからず号泣した。けがをした相手に勝って申し訳ない-。恩師は「これも勝負」としか言葉を掛けられなかった。

 卒業後、北都銀行で松本麻佑と組んで飛躍的な成長を遂げ、現在は世界ランキング2位につける。1位は福島、広田彩花組。女子ダブルスは日本勢が決勝でぶつかる可能性がある。

 藤田さんは「決勝で当たれば、指導者として最高。一球一球の駆け引きと、気持ちのぶつかり合いを見たい」と声を弾ませる。教え子から贈られるであろう最上の舞台を、心から楽しむつもりだ。
(狭間優作)

[永原和可那(ながはら・わかな)]青森山田高時代は13年にダブルス、団体でインターハイ2冠。北都銀では177センチの松本と大型ペアを組み、パワーのある攻撃型の戦術で18、19年に世界選手権を2連覇。170センチ、60キロ。25歳。北海道出身。

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