<アスリートの伴走者>リオ落選糧に頑張った姿見守る ホッケー・及川の両親

及川の父母、宰さん(右)と美代子さん=花巻市の自宅

 「ごめん。オリンピックに連れて行けなかった…」。2016年リオデジャネイロ五輪の代表選考から漏れた一人娘が、両親の前で初めて弱音を吐いた。この時に電話越しで流した悔し涙が、成長の糧となった。

 ホッケー女子日本代表の守備の要、DF及川栞(東京ヴェルディ、岩手・不来方高-天理大出)は3歳で競技を始めた。「しつけてくれたのは中学のお姉さんたち。いつも一緒にいました」。中学の保健教諭で、女子ホッケー部を指導していた母美代子さん(64)は語る。父の宰(つかさ)さん(63)も中学の体育教諭。共働きの環境で一人っ子の及川は校庭で育った。

 日本代表のGKとして、アジア大会銀メダルに輝いた美代子さんの影響もあり、及川は競技にのめり込む。高校まではFW。宰さんは「試合ではいい所に立ち、いつの間にかゴールを決めている。幼い頃から慣れ親しんだせいか、器用な子でした」と話す。

 名前の「栞」の由来について、両親は「枝に目印を付けながら、道なき道を進んでいくさまを『栞』という。一歩一歩、人生を歩んでほしい。そう願いを込めた」。高校を出た及川は願い通り、女子ホッケー界の新しい道を切り開いていく。

 及川は大学でDFに転向した。チームの中心選手として活躍したが、日本一の座が遠かった。卒業後は日本リーグの名門ソニーHC(愛知)へ。関西の大学を出たら、関西のチームに進むのが慣例とされていたが「日本一になってみたい」という思いが背中を押した。多くの関係者に頭を下げて「越境入団」をかなえた。

 リオ五輪の代表落選後は、ホッケー大国・オランダに移った。「もっとうまくなりたい」。異例の武者修行だった。16年から3季過ごし、リーグ戦の優勝も経験した。五輪出場を見据え、19年に地域リーグで戦うクラブチームに移籍するため帰国。女子初のプロ契約を交わした。

 新型コロナウイルスの感染拡大が本格化する前の昨年3月、及川は実家に戻った。地元の競技場やジムで3カ月間、淡々と汗を流した。宰さんは振り返る。「マイナスなことは何も言わなかった。弱音を吐いたのは5年前のあの時だけ」

 夢に見た大舞台は間近に迫る。「栞にとって東京五輪まではとにかく長く、苦しい期間だったと思う。頑張ってきて良かった。そういう思いをプレーに出してほしい」。両親は声をそろえる。
(狭間優作)

[及川栞(おいかわ・しほり)]16年リオデジャネイロ五輪代表から漏れ、オランダ1部リーグへの移籍を決断。アジア年間最優秀選手に選ばれるほど成長した。19年、代表活動に専念するため帰国。164センチ。32歳。

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