37歳増田、異色の経歴が力に 自転車男子ロード

自転車男子ロードレースで声援を受けて明神峠を登る増田=静岡県小山町

 異色の経歴を歩んだ不死鳥の挑戦が終わった。24日の東京五輪自転車男子ロードレースで、仙台市出身の増田成幸(37)=宇都宮ブリッツェン、宮城・東北学院高-日大出=が84位でレースを終えた。世界との差はあっても、晴れ晴れとした表情に悔いは見られなかった。

 東京都の武蔵野の森公園をスタートし、1都3県にまたがる244キロを走るレース。上る高さの合計が5000メートル近い過酷なコースを6時間25分余で完走。「一人で走っている中で応援がすごくて力になった」。数少ない有観客の舞台を楽しんだ様子だった。

 ロードレースに出合ったのは高校時代。母校には自転車部がなく、仙台商高の部員に交じって練習を積んだ。機械のエンジニアを目指して進んだ大学では、「鳥人間コンテスト」で知られる人力飛行機にのめり込む。50キロに及ぶ直線飛行距離の日本記録を更新したこともある。

 分野は違っても強烈な成功体験が人生の糧となってきた。「一生懸命打ち込み、最後まで力を出し切れば、成功しても失敗しても納得できる」。諦めない心を培った。挑戦する喜びが身に染みた。

 パイロットのトレーニングでレースに出るうち、自転車への思いが再び芽生えた。両親に内緒で練習を積んだ。下宿先の千葉県船橋市から仙台まで、自転車で15時間かけて帰省することもあった。

 プロになってもあまたの困難を乗り越えてきた。落車による骨折は数知れない。17年には甲状腺ホルモンが過剰に分泌されるバセドー病を患った。東京五輪選考では、新型コロナウイルスの影響で国内大会がなくなり、落選寸前まで追い込まれた。

 全て乗り越え、何度もよみがえってきた。挑戦そのものの人生。「今年もずっと中止になるんじゃないかという不安があったが、開催してもらってありがたかった」。集大成のレースを堂々と走り抜けた。
(佐藤夏樹)

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