思いを残す<ツール・ド・東北への道(10完)>

荷物をいっぱいくくりつけての自転車旅=1995年

 学生時代、友人の実家がある北九州市から、世界遺産の屋久島まで行こうという話になった。島行きのフェリーが発着する鹿児島までの自転車旅。野宿をしながら移動を続けた。

 あれは大分だったか宮崎だったか、夜になって薄汚れた格好で飲食店を訪れた。カウンターに座って軽い食事をしていたら、いかにも大学生の貧乏旅行という風体が気になったのか、酔って赤い顔をした隣の男性が話しかけてきた。

 鹿児島に向かっていると話すと「ビールを飲め」「カツ丼も食え」と、どんどん勧められた。見ず知らずの人からの親切に困惑しているのが伝わったのか、その人は言った。

 「自分も若い頃、自転車で旅行していたらごちそうしてもらったことがある。ありがたいと思ってくれるなら、君たちが大人になって、同じように若いやつにおごってやればいい」

 コロナ感染がこれほど拡大する前、夏休み中の大学生らしいグループがキャンプ道具をくくりつけて走る姿を目にした。声を掛けて仙台名物の牛タンでもごちそうしたいところだが、コロナ禍もあって機会に恵まれない。

 あれから四半世紀。どこの街か、どんな顔をした人か、もはや思い出せないが、うれしさだけは心に深く刻まれている。

 ツール・ド・東北の中止が決まった。「出走する」「恩送りをする」という二つの宿題が残ったままだが、いつかこの異常な状況が終わり、願いがかなう日が来ると信じている。

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 「ツール・ド・東北への道」は今回でいったん終了しますが、コンテンツセンターのデスクと記者の自転車人生は続きます。どこかの道で読者の皆さんとすれ違うことを楽しみにしています。

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