最後の2階建て新幹線、E4系引退 Maxの歩みをたどる

 「Max(マックス)」の愛称で親しまれた2階建て新幹線のE4系が10月1日、上越新幹線の定期運行を終えた。2階建て新幹線が初めてJR東日本管内に登場して約30年。河北新報社に残る写真で歩みを振り返る。(編集局コンテンツセンター・藤沢和久)

仙台港に到着し、陸揚げされる200系の2階建て車両=1990年5月24日、仙台市宮城野区
2階建て新幹線の営業運転開始を記念したセレモニー=1990年6月23日午前9時ごろ、JR仙台駅

 2階建て新幹線の第1号は1985年導入の東海道新幹線100系。JR東の東北・上越新幹線には90年6月、クリーム地に緑の200系で導入された。 当時の記事によると、バブル経済に伴う高級志向の高まりなどを受け、新幹線は12両編成中1両のみのグリーン席から予約が埋まっていく状況。2階建ての導入によってイメージ向上と混雑緩和、増収を図る取り組みだった。

 まず、12両編成に2階建てを1両増結。2階にグリーン席、1階に1、2、4人用の個室を設けた。翌91年3月には、1階がカフェテリアの2階建てを1両追加し、グリーン車計3両の16両編成とした。

ソファやオーディオ装置、ビデオモニターが設置された新幹線の個室=1990年6月8日、宮城県利府町の仙台総合車両基地
2階建てグリーン車に試乗する乗客。窓が大きく、眺めがいい=1990年6月14日
2階建て車両を組み込んだ「やまびこ」号。東北新幹線が東京まで開業した初日、仙台発の上り1番列車に充てられた=1991年6月20日午前8時20分ごろ、JR東京駅

 全車両が2階建てのE1系初代Maxは94年5月に誕生した。朝の通勤時間帯に首都圏へ向かう上り列車で少しでも多くの乗客に座席に座ってもらうのが狙いだった。12両編成で座席数は従来の約4割増、1235人。最高時速は200系と同じ240キロだった。

営業運転初日に「Maxやまびこ42号」として東京に向かうE1系=1994年7月15日午後1時40分ごろ、仙台市太白区の東北新幹線広瀬川橋梁(きょうりょう)
E1系の営業運転初日、下り1番列車「やまびこ11号」に乗り込む乗客=1994年7月15日、JR仙台駅

 最後となるE4系は増加の一途の通勤客に対応するため97年12月に登場。最高時速240キロは変わらないものの8両編成で、混雑時には2組をつないで16両編成とした。JR東新潟支社によると、16両編成の定員1634人は高速列車では世界一。記録は今も破られていないという。8両編成で小型車両の秋田・山形新幹線と連結もできた。

 東北新幹線で利用していたのは2012年まで。連結する山形新幹線の所要時間を短縮するため、1階建てで最高時速275キロのE2系と交代した。

営業運転初日、仙台駅に到着するE4系=1997年12月20日午前11時5分ごろ

 E4系は12年のE1系廃車によって唯一の2階建て新幹線となった。座席コンセントがないなど利便性や快適性で劣り、北陸新幹線と同じE7系への置き換えが決まった。

 10月1日まで各日、上越新幹線の東京―新潟間で5往復、東京―高崎・越後湯沢間でも上下計12本が運行される。10月中に東京―新潟・盛岡間でツアー客を乗せて最終運行する予定。

 新潟支社によると、最終運行後の車両の扱いは決まっていない。車両の一部は既に新潟市新津鉄道資料館に保存されている。

最終運行が迫るE4系=2021年6月、JR東京駅

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