疫病よけの信仰、脈々と今に やまぬコロナ禍、先人の心の内を探る

宮城県亘理町逢隈牛袋の八雲神社拝殿に保管されている「牛頭天王社」の扁額

 新型コロナウイルスの感染拡大がやみません。医療が進歩してつい忘れがちですが、人類の歴史は感染症との闘いの繰り返しでした。身近な神社や路傍の石碑がその記憶をひっそりと伝えています。信仰の歴史をひもとくと地域の知られざる風習や、現代人とも共通する先人たちの心の内が見えてきそうです。
(生活文化部・阿曽恵)

名前消えた神社

 近所に八雲、須賀、八坂、津島といった名前の神社はないだろうか。これらはかつて、疫病よけの神を祭る「牛頭天王(ごずてんのう)社」「祇園(ぎおん)社」と称していたはずだ。

 牛頭天王は仏教の聖地であるインドの僧院「祇園精舎」の守り神。本来は疫病を広める困った神だが、なだめれば疫病がはやらずに済むと考えられた。神仏習合で薬師如来やスサノオノミコトの化身とみなされる。

 明治に入ると神仏分離令で牛頭天王信仰は禁じられ、社名にも祭神にも公には存在しないことになった。とはいえ、完全には消え去らないところが庶民信仰のしたたかさだろう。

 宮城県亘理町逢隈牛袋の田園地帯に立つ八雲神社は、旧社名の「牛頭天王社」の扁額(へんがく)を社殿で保管している。1529年創建。年配者を中心に今も「お天王さん」と呼ばれている。加藤栄智宮司(62)は「神様はそれぞれに得意分野がある。コロナ禍を機に、疫病払いの神社の由緒にも関心を持ってほしい」と話す。

キュウリ御法度

 牛頭天王の周辺にはユニークな風習が伝わる。いわく氏子はキュウリを作ってはいけない、神社に初物を奉納しないうちは食べてはいけない、など。理由は「牛頭天王がキュウリ畑で命拾いした恩があるから」といった諸説がささやかれる。「この地区でも戦後間もない時期まででしょうね。キュウリをお供えする習慣は続いていますが」と加藤宮司。

 今では通年出回る定番の野菜が実際に禁忌であったことを示す物証が、仙台市太白区坪沼の農業山田義信さん(88)方に残っている。神棚にしまってある木のお札には「キウリ栽培食用許可」の文言。1962年5月、山田さんの父が祈願して授かったという。

 長女の真由美さん(62)は「『じいちゃんが拝んでもらってからは普通に食べられるようになった』と聞いています」と振り返る。

 山田さん宅の裏山には、やはり八雲神社が鎮座する。創建年は不明だが地域の氏神であり、以前は耳の病や水いぼ除去に霊験があるとして、多くの参詣者が目指したらしい。

山田さん方にある「キウリ栽培食用許可」と書かれたお札

社会状況を反映

 牛頭天王信仰の影響は県内最古の寺、若林区の陸奥国分寺でも見られる。本尊は牛頭天王と同一視された薬師如来。天王に縁のある「蘇民将来(そみんしょうらい)」の護符を頒布する。護符は古くから子どもの病難よけに御利益があるとされてきた。

 村山裕俊住職(61)は「お守りで安心しきるのではなく『おかげさま』の心を持ち、善行を積んでもらえたら」と願う。

 仙台市の郷土史家菅野正道さん(56)は昨年来、文献を手掛かりに県内50カ所以上の「牛頭天王社」を巡った。予想以上に多く、江戸時代中期以降にさらに増えた印象を受けたという。「人の移動が活発になったり飢饉(ききん)が起きたりして、疫病が流行しやすい社会状況を反映しています。病は命に直結する深刻な問題。神仏にすがるほどの切実さの現れでしょう」

陸奥国分寺の蘇民将来の護符。木製の八角柱になっている

[蘇民将来] 「備後国風土記」にある説話の主人公。牛頭天王(またはスサノオノミコト)が旅の途中に一夜の宿を求めた際、裕福な巨旦(こたん)将来は断り、その兄である貧しい蘇民将来は精いっぱいもてなした。後に牛頭天王は弟の一族を滅ぼし、兄には疫病を避けられる茅(ち)の輪を授けた。各地に伝わる茅の輪くぐりや護符、岩手県の蘇民祭の由来になっている。

「疫病退散プロジェクト」の代表を務める蝦名准教授。右の掛け軸は疫病や魔物を追い払う中国の神「鍾馗(しょうき)」

古文書からの教訓、現代に 東北大災害研が「疫病退散プロジェクト」

 医学が未発達だった前近代、疫病の広がりや恐怖を抑えるために、人々はどう対処したのか。東北大災害科学国際研究所は2020年から「疫病退散プロジェクト」と題し、石碑や古文書、宗教行事、言い伝えの地域情報を市民に募り、研究に取り組んでいる。

 蝦名裕一准教授(45)=日本近世史=は安永年間(1772~81年)、仙台藩領の気仙郡一帯で起きた流行病に着目した。

 複数の史料によると、正月に上方に参詣して戻った住民らを介して感染が拡大し、死者が2000人以上に上った。藩は護摩祈禱(きとう)と守り札の配布に加え、医者2人の派遣と薬代や米の支給を行った。住民らは感染者がいる家には出入りしない自主的な隔離策を徹底。感染の封じ込めに至る経緯がつづられていた。

 蝦名准教授は藩(行政)と医療と地域の連携態勢による成果とみる。信仰と祈禱の機能を「動揺する社会を鎮め、結束力を高めた」と指摘。「現代のわれわれは行政と医療に過度に依存し、個人は好き勝手に行動しがち。過去を見直すことで、地域社会が持つ感染症への抵抗力の再構築につなげたい」と語る。

 プロジェクトでは東根市発祥の疱瘡(ほうそう)(天然痘)の守護神である若木山(おさなぎやま)信仰の石碑や、奥州市の黒石寺に代表される岩手県南地方の蘇民祭なども考察している。

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