姉妹のあだ討ち、白石和紙のあかり絵に 寿丸屋敷で制作進む

白石噺のあかり絵の説明をする徳力さん。「照明の位置にも気を使った」と話す=10日

 歌舞伎や浄瑠璃の人気演目「白石噺(ばなし)」の各場面を宮城県白石市特産の白石和紙に描いた「あかり絵」の制作が、同市の寿丸屋敷で進む。制作者は同市の専念寺副住職、徳力祐弘さん(50)。足かけ7年に及ぶ力作も今夏ついに完成と思いきや「まだ場面が足りない」とさらなる高みを目指す。
 徳力さんは白石和紙あかり展などを企画する市民グループ蔵富人(くらふと)のメンバー。白石噺に登場する姉妹と父を祭る同市大鷹沢地区の孝子堂は専念寺の飛び地境内となっており、白石噺の錦絵も多く所有する。
 あかり絵は2014年に「風神雷神」を切り絵で作ったのが最初で、翌15年から地元ゆかりの白石噺を題材とした作品作りに着手した。錦絵を写し取って「一番扱いやすい」と言うアクリル絵の具で和紙に色を乗せていく。寿丸屋敷内の展示コーナーにはこの7年間で仕上げた計11枚が物語の順番通りに並ぶ。
 構想では作品を今年8月の白石和紙あかり展でお披露目し、一区切りとする予定だった。満を持して作品を並べてみたところ、他のメンバーから「(姉妹の父が武士に切られる前の)田植えの場面は必要では」との指摘があり、ためらうことなく方針を撤回した。
 白石噺のあだ討ちを踊りで表現した団七踊りは全国に広まり、遠く宮崎県の関係者が白石まで見学に来たことも。ゆかりの寺の者として物語の完成度を高めるために今後2、3枚は追加する考えだ。
 徳力さんは「白石噺は自分にとって切っても切れないもの。あかり絵で多くの人に見てもらえるのはありがたく、さらに作品を充実させたい」と意気込む。

[白石噺]江戸時代寛永期(1624~44年)の白石で、農家の父と娘2人が田の草取り中、片倉家剣術指南役の志賀団七に泥をかけ、憤った団七は父を斬ってしまう。残された姉妹は、江戸の軍学者由比正雪の下で武道の修練を積み、あだ討ちを果たす物語。

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