津波被災の請戸小、震災遺構として公開へ 複合災害の記憶後世に

福島県浪江町請戸小の職員室。東日本大震災当時のままの姿をさらす

 東日本大震災当時のままに、痛々しい姿をさらす福島県浪江町請戸小の職員室。海岸から校舎までわずか300メートル。巨大な津波の威力をまざまざと示す校舎が、県内初の震災遺構として整備された。24日に一般公開が始まり、東京電力福島第1原発事故と併せて後世に被災を伝える。

 請戸地区は、古くからにぎわった漁師町。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故によって、海沿いの家並みは失われたが、町は辛うじて残った請戸小(今年4月で閉校)を震災遺構として整備した。報道各社に7日公開された校舎は、巨大な津波の傷痕を残す。被災から10年が過ぎ、風化が心配されるようになっても、町の復興はこれから。当時の様子を知る住民らに請戸小に常駐してもらい、訪れた人に前例のない「複合災害」を語り継いでいく。

保健室から見えるのは、廃炉作業が続く福島第1原発の排気筒。原発までは、わずか5キロ
高さ約15メートルの津波に襲われた校舎。校内にいた児童82人と教職員13人は、1.5キロ離れた山へ避難して無事だった
床が陥没した体育館。地震の時、卒業式の準備をしていた5年生は、手で頭を覆って身を守ったという
校舎正面の壁に掛けられていた時計。校内に残された時計は全て、津波襲来の「3時37分」を指し示す
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