赤坂憲雄学習院大教授に聞く<東北・拡大する野生動物被害>(5)完

 農作物は食い荒らされ、鉄路は正常なダイヤを確保できなくなっていた。あらゆる場所に出没し、社会を揺さぶる野生動物。われわれはどう向き合うべきか。2020年5月~21年3月の本紙連載「災禍の果てに」でイノシシの生息域の北限問題を取り上げ、今後の人間社会との関係を考察した赤坂憲雄学習院大教授に聞いた。(聞き手は生活文化部・桜田賢一)

「狩猟圧」減り生息域広げる

 -野生動物の生息域が拡大する現状をどう見ますか。

 「過疎化と少子高齢化を背景に東日本大震災前から始まっていたことだが、東京電力福島第1原発事故の影響が大きいようだ。岩手の三陸の漁村はシカが多く、人々は狩猟をしてきた。それが震災後は、シカを仕留めても検査に出すと放射線量が高くて食べられなくなった。ほかの地域でも、殺すために殺すのは嫌だと狩猟免許の返上が始まった。狩猟圧が減少して、危険を感じなくなった野生動物が生息域を広めていった」

 -野生動物との衝突で、JR東日本盛岡支社管内では1日に2回のペースで列車が止まっています。

 「運行が1、2時間に1本の路線もあるのだから、異常だ。明治初年に3000万だった人口が1億3000万近くに増えた。その頂点が震災に重なる。江戸時代まで人は『時の試練に耐えてきた』(寺田寅彦)災害の少ない場所に村を営んだが、近代の開発はそれを壊した。『あそこは海だった』と何度聞いたことか。山村も同じだ。人間たちが自然の懐深くに暮らすようになり、野生動物を追いつめてきた。20年度は754回の衝突事故。5年前の3倍以上だ。それだけの数の野生動物の犠牲と引き換えにして、人を乗せた列車が走っている。道路だって同じだ。途方もない光景が広がっている」

 -今は山あいの農家の存在が市街地への野生動物の攻勢を抑えているが、現状維持には限界もあります。

 「人が暮らす村と奥山の間に緩衝地帯として、かつて里山があった。人は里山で雑木を伐(き)って炭を焼き、山菜・キノコを採り、獣を追って暮らしてきた。人の姿が見え、匂いがした。それが野生動物が村に侵入するのを抑止していた。『燃料革命』で薪(まき)や炭のいらない時代になると、里山は荒廃しヤブと化して、奥山から村まで一気に野生動物が下りてくるようになった。人間と獣の遭遇事故が増えるのは当然だ」

里山再生に若者が関心

 「国内人口が50年後に8000万台、100年後に4000万台にまで減少するという予想がある。もはや、こんなに自然の懐深くに暮らす必要はなくなり、海辺からも山からも緩やかに撤退する時代が始まっているのかもしれない。いわば、自然を自然の懐にお返しする、それは一時的に借りていたものだから。まるで宮沢賢治の童話のようだ。今は野生動物との境界を守ろうと電気柵などを使っているが、それで解決するとは思えない。50年後、100年後の東北のことを思いながら、みんなで人と野生動物との関係の再構築を議論できるようになりたい」

 -その再構築に向けて具体的な手だては。

 「里山の再生なしに人間と自然との関係を立て直すことはできないが、長い時間が必要になる。でも、江戸時代だってハゲ山ばかりになって、大きな政策転換が起こり森の復興へと舵(かじ)を切った。幕末の日本の自然は異邦人を感嘆させるほどに豊かだったらしい。里山はやがて、人と野生動物とのコモンズ(入会地)として再デザインされるのかもしれない」

 「そのことに少なからぬ人々が気付き始めている。福島県会津地方では、地産地消で再生可能エネルギーを広めている人たちが、里山の再生を掲げて小さな会社を立ち上げたが、きこりや炭焼きなどの仕事に若者たちが関心を示している。それは宮城県の丸森町の若者たちともつながっている。若い女性たちの姿が目立つようだ。狩猟を始めた知り合いの女性もいる。そこに考えるヒントがある。『都人よ、来たってわれらに交われ』かな。賢治の言葉だ。すでに何かが始まっているのだ、と思う」

[あかさか・のりお]1953年東京都生まれ。東大文学部卒。東北芸術工科大教授を経て、2011年から学習院大教授。専門は民俗学。「東北学へ」(全3巻)など著書多数。

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