高倉健さんも泊まった「天龍閣」廃業へ 仙台の老舗旅館をコロナ直撃

木々に囲まれて広瀬川沿いに立つ天龍閣=17日午後、仙台市青葉区花壇から撮影

 政財界や芸能界の大御所も投宿した仙台市青葉区霊屋下の旅館「天龍閣」が、コロナ禍による経営難のため11月25日、69年の歴史に幕を閉じる。市中心部にありながら広瀬川に臨む静かな環境が重宝された。三代目社長の横山義三さん(50)が思い出話とともに館内を案内してくれた。(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

壁に飾られた政治家や俳優との記念写真

 仙台城のお膝元、経ケ峯の杉木立に囲まれてひっそりとたたずむ。伊達政宗の霊廟(れいびょう)「瑞鳳殿」の参道脇。喜劇俳優の伴淳三郎さん(米沢市出身)が揮毫(きごう)した「天龍閣 みなさまの宿」の看板が出迎える。

 ロビーや廊下には100枚以上の写真が飾られている。元首相の田中角栄さんや竹下登さん、俳優の三国連太郎さん、森繁久弥さん、高倉健さん、いかりや長介さん。野村克也さんや北島三郎さん、プロレスラーの力道山も。天龍閣を愛した各界の著名人だ。創業者の父留吉さん(1921―97年)が隣に並ぶ。

 新潟県出身の留吉さんは太平洋戦争後、仙台でタクシー事業を興し、財を成した。一番町の稲荷小路で貸しビル業、仙台駅前の谷風通で旅館業なども手がけた。政治への関心が高く、幅広い人脈を築いた。特に元蔵相の三塚博さんと懇意にし、後援会副会長を務めたほどだった。

喜劇俳優の伴淳三郎さん(米沢市出身)が書いた看板の前に立つ横山社長

 天龍閣は1952年創業。伊達家ゆかりの土地を一目で気に入り、購入した。名には「高台にあり、独眼竜政宗にあやかる宿」の意味を込めた。木造モルタル2階の建物は延べ床面積2145平方メートル。26室の和室、50畳の広間、三間続きで計105畳の大広間などを備える。78年に設けたラドン温泉、岩盤浴も人気を集めた。

 芸能関係の交友が広がる元となったのは戦前戦後の時代劇スター片岡千恵蔵さん。留吉さんと親しく付き合い、たびたび宿泊した。留吉さんの妻加代子さん(80)は「朝10時に『いいですよ』と言われ、何かと思ったら『マージャンを始めますよ』という意味だった」と一緒に卓を囲んだ思い出を楽しそうに振り返る。

 片岡さんとの交流を機に、天龍閣はテレビのロケにもしばしば使われた。バラエティー番組で、タレントみのもんたさんは女性アイドルにドッキリを仕掛け、歌手堀江淳さんは歌番組の生放送でヒット曲「メモリーグラス」を熱唱した。留吉さんは時代劇「銭形平次」の撮影に飛び入り参加したこともあったという。

青葉山や広瀬川を望む客室。「夏は花火の特等席になる」と横山社長

 80年代のバブル期は団体旅行ブームを受け、活況を呈した。繁忙期の6~8月は宿泊客が連日100人以上。横山さんは「皿洗いは日付が変わるころまで終わらなかった」と回想。大相撲仙台準場所で訪れた力士一行も毎年受け入れ、「入浴後は風呂の湯が三分の一に減っていた」と笑顔で懐かしむ。

 大学生サークル、隣県の小学校の修学旅行といった団体客を中心とした経営は、コロナ禍の影響をもろに受けた。この2年間の団体客は1件だけ。「予約の数だけキャンセルが入る日々で、心が削られるようだった。(収束の)見通しが立たないことがきつかった」

 母加代子さんの看護に、自身の体調不安も重なり、潮時と感じた。土地建物は売却するという。「歴史のある宿を自分の代で閉じる無念さはあったが、取引先に迷惑が掛かる前によいタイミングで決断できたと思っている」と横山さんは話す。

 建物は64年に火災で全焼し、翌年建て直した。築50余年だが、計画的に修繕を重ねていて畳や壁紙は新しい。「地盤が強く、東日本大震災の時でも建物被害は全くなかった。翌々日には営業を再開できた」と胸を張る。

 宿泊と日帰り入浴、岩盤浴は24日まで受け入れる。

[天龍閣]2食付きの宿泊は1万600円で20日のみ。素泊まりは7000円から。入浴は午前10時~午後10時で610円、岩盤浴とのセットは1850円。022(222)9957。

創業69年の「天龍閣」閉館へ
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