対コロナ、日本と欧州の違い(下) 反権威主義の伝統、閉ざせぬ国境<Web寄稿>

オーストリアでは大規模な反コロナデモが毎週のように行われている=21年11月、ウィキペディアコモンズより

 新型コロナウイルスの流行に見舞われた欧州。厳しい都市封鎖実施や積極的な検査体制を構築しながら、感染の抑制には未だ成功していません。仙台市在住で、最近までオーストリアの公立病院でコロナ患者の治療にも携わった医師のマルチン・ピエトラシケビッチさんに、「対コロナ」の日本と欧州の違いについて寄稿してもらいました。河北新報オンラインニュースのオリジナル記事としてお届けします。

【寄稿のポイント】
・オーストリアではチロル地方のスキーリゾートを発端にした爆発的感染の反省を元に、強力なコロナ対策が始まった
・元々、予防接種自体に懐疑的な人が少なくなく、コロナ対策に反対する人は時に右翼のポピュリスト政党と共鳴することがある
・国同士の比較は単純にはできないが、日欧が学び合えることが多々ある

観光産業が政治に圧力

 新型コロナ感染症が始まった当初、失敗がありました。オーストリアは美しい山々や旧市街、音楽の都として知られ、観光産業がGDPの6・4%を占めています。ウイルスがまん延し始めたとき、強力な観光産業は政治家に圧力をかけようとしました。

 冬の観光は重要な産業です。チロル地方の町・イシュグルでは、スキーシーズンを早々に終わらせたくありませんでした。すでに最初のコロナ症例があったにもかかわらず、地元政治家は外国人と国内の観光客を避難させる前に数日の時間を置きました。欧州全土から集まるスキーツーリストに人気のバーでは毎夜パーティーが開かれ、バーテンダーから感染が広がりました。1万1000人以上が感染し、観光客がウイルスを持ち帰ることでヨーロッパ中、特にスカンディナビア諸国に広める結果となり、イシュグルは「ヨーロッパの武漢」と呼ばれました。

PCR検査体制を拡充

 イシュグルの経験の後、オーストリア政府は非常に慎重になりました。まず、PCR検査の能力を拡大しました。その結果、世界の他のほとんどの国よりも多くのテストが行われています(図1)。PCRと抗原テストは無料で、例えばスーパーマーケットや工場、路上の検査場でさえも受けることができます。毎日約40万件の検査が行われ、その半分以上がPCRです。オーストリアの14倍の人口を抱える日本では、1日あたりの検査は約5万件に過ぎません。

 2回の予防接種を終えたか、コロナにかかって回復した人は誰でも「グリーンパス」を受け取れます。レストラン、劇場や映画館、海外旅行にも行くことができます。パスがない人は定期的に検査を受けなければなりません。ワクチン未接種の児童生徒は週に2~3回、PCRを受ける必要があります。最近、各職場で未接種の人々に対する検査も義務化されました。規則に違反した場合、高額の罰金が科せられます。

 予防接種が始まり、状況は急速に良くなるだろうと期待されていました。当初、多くの人々が接種会場に殺到しました。しかし、オーストリアの人々は他のヨーロッパ諸国と比べても予防接種に非常に懐疑的なのです。

図1)各国でコロナの検査を受けた人の割合を示すグラフ。「Our World in Data」より

科学への敵意と反感

 これには歴史的な理由があります。

 成人の約60%が21年夏までに予防接種を受けていましたが、そこから接種率を上げるのは難しくなりました(図2)。ドイツ語圏のドイツ、オーストリア、スイスでは、接種率は70%以下にとどまります。3カ国には強力な連邦主義があり、地方政府がしばしば独自の政策を立てています。一方で国民の間では代替医療への関心が高く、従来の医療を信用しない人も少なくありません。スイスの社会学者オリバー・ナハトウェイがこの現象を調査しました。スタンダード紙のインタビューに「ドイツ語圏の国々では、1968年の学生の抗議活動から始まった反権威運動の長い伝統がある」と述べました。この集団では、ワクチン接種は国家による権威主義的介入として拒否されます。特に科学に対する強い敵意や反感を持っているといいます。

 もう一つの重要な要素は、強力な右翼ポピュリスト政党があるということです。予防接種やマスク着用義務、ロックダウンに反対する反コロナのデモが定期的に開催され、代替医療を信奉するグループと右翼過激派グループが一緒にデモ行進に参加します。

図2)ワクチンを1回でも受けた人の割合。接種が早い時期に始まった国々でも、接種率が6割を超えると上昇カーブは緩やかになる。日本はグラフ中央から急激に接種率が増えて、他国を抜かしている。「Our World in Data」より
オリバー・ナハトウェイの調査について伝えるスタンダード紙の記事

大半が軽症か無症状

 オーストリアでは、検査件数を増やすことでパンデミックを制御できると信じられていましたが、一方で無症候性感染が多く見つかることにもなります。陽性の約40%が無症状で、症状があっても大半が非常に軽症と言われています。陽性例のほとんどは、自分が感染しているとは思わない若者や子どもでした。他の国では検査数がはるかに少ないため、統計的には感染が少ないことになります。例えば日本では症状のあるケースのみが検査されるので、感染者がどのくらいいるかを推定することは困難です。

国境閉鎖は非現実的

 両国のもう一つの違いは、オーストリアの国境が本当に閉鎖されたことは一度もないということです。島国である日本は国境を厳しく管理することができましたが、欧州では比較的自由に移動することができました。夏に海でバカンスを過ごせないことに、多くの人は耐えられません。外国人労働者は、家族に会いに行くため自国に戻ることができました。ウィーンでは、住民のほぼ半数が海外生まれで、国全体では約23%が外国出身です。人々は母国との間を絶えず移動しています。

 感染者が減った今夏は、外国人観光客も大勢訪れました。移動する人全員が「グリーンパス」を持っていなければなりませんが、国境で毎回チェックを受けるわけではありません。旅行の自由はEUの基本原則の一つであり、渡航禁止令は人権の制限と見なされます。したがって、EU諸国が感染拡大を制御することは非常に困難でした。

病院間の協力欠如

 ロックダウンが繰り返されるたび、命令はますます受け入れられなくなりました。日本とは対照的に、人々は期間が終わるとすぐに感染対策を取らなくなり、休暇で出掛け、お祭りを祝い、多くの人がマスクもしなくなりました。再び感染数が増えた原因となっています。

 日本は人々の協力で感染拡大を抑えることができました。日本の文化的要因、人と人との距離を保つことや「お上」の指示に従うことなどが良い結果をもたらしたと考えられます。もちろん、国境の閉鎖と厳格な検疫措置も意味を持ちました。

 日本では今年8月、それほど多くない重症患者でも医療を圧迫しました。ここ数十年の医療機関の民営化による医療システムの節約、それに病院間の協力の欠如が、医療体制の危機的な圧迫につながったと言えるでしょう。

 オーストリアでは、予防接種は20年12月末に始まりました。2回目のワクチン接種後の免疫は数カ月後に低下していることが判明しました。デルタ株によって引き起こされた現在の第4波では、すでに2回接種を受けた人々でも多くのブレークスルー感染があることがわかっています。

 そのため、3回目接種はすでに全ての人に対して始まっています。ワクチン接種率は日本で79%、オーストリアではつい2週間前まで65%でしたが、ロックダウン最初はワクチン未接種者のみが対象だったこともあり、この2週間で70%に上昇しました。また、現在のロックダウンにより3回目接種も進み、26%の人が受けました。

ワクチン接種が進んだ国では死亡率が下がることを示すグラフ。欧州委員会のツイッターより

互いに学び合える

 国と国を比較することは簡単ではないことを示しています。さまざまな要因、多くは非常に微妙な違いながら、感染や死亡者数に影響します。元々の人々の健康度、保健医療システム、特に医師と集中治療室の数、予防接種を受けた人の数と予防接種の時期、人と人との距離といった文化の違い、集団主義または個人主義の強さなどの他、過去のコロナウイルスの感染による集団免疫や元々の免疫力など、まだよく分かっていない要因もあります。これらはすべて重要で、パラメーターがわずかに変わることで結果が大きく異なる可能性があります。

 一方、国同士が互いから学ぶことができます。すぐれた日本の予防医学のシステムや健康的でバランスの取れた食生活、高齢になっても活動的であることは、来る感染爆発を抑制するのに役立ちます。一方で危機に適切に対応するためには、オーストリアのように、十分な医師数と看護スタッフを備えたよく開発された効率的な医療システムが必要です。医療制度の節約はあまり賢明ではないかもしれません。

マルチン・ピエトラシケビッチ(Marcin・Pietraszkiewicz) 1970年、ポーランド生まれ。99年、ウィーン大学医学部卒業。救急医。熱帯医学も修めた。最近までオーストリアの首都ウィーンの公立病院で働き、コロナ患者の治療に携わった。現在は仙台市在住。

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