<2021年 宮城を振り返る>東北道で多重事故 ホワイトアウトの怖さ痛感

 東日本大震災から10年となった一年が暮れる。被災地は新たな歩みを進め、延期された「復興五輪」が新型コロナウイルス下で開催された。コロナ下での選挙も相次いだ。医療、事故などのニュースも。現場で取材した記者が振り返る。

多重事故で大破した車両=1月19日午後4時20分ごろ、大崎市古川の東北自動車道下り線(写真の一部を加工しています)

 風がうなり、吹雪の先に壊れた車の長い列が浮かび上がった。1月19日午前11時50分、宮城県大崎市古川の東北自動車道下り線で141台が絡み、19人が死傷した多重事故。視界が遮られるホワイトアウトの恐ろしさを見せつけられた。

 現場は古川インターチェンジ(IC)から北へ約2キロの直線道路。普段は「まさか、この場所で」と驚くほど見通しが良い。

 ところが天候は急変した。事故前日は6・1メートル以下だった最大瞬間風速は翌朝から西風の速度を増し、正午には27・8メートルに達した。

 当時、雪は降っていなかった。氷点下3、4度という寒さの中、水田に積もった雪が巻き上げられ、自動車道を覆った。追突された運転者は「古川ICを過ぎて急に見通しが悪くなった」と青ざめた表情で語った。

 大崎地域消防本部は緊急事態に即応した。午後0時1分、「3台以上が衝突し、6、7人のけが人がいる」という119番を受け、仙台市消防局や近隣の消防本部に応援を求めた。

 警防課の金原佳(けい)指揮隊長(48)は「通報内容より多くの車両が巻き込まれていると判断した」と明かす。

 2000年12月、今回より南側の三本木パーキングエリア付近で64台が絡み21人が負傷する事故があった。発生直後に十分な救急隊を派遣できず、全容把握に手間取った教訓が受け継がれたという。

 今回、救急隊や救助隊、災害派遣医療チーム(DMAT)など31隊、105人は午後5時半までに任務を終えた。もし夜間に事故が起きたら運転者の救出はもっと難航したはずで課題は残った。

 運転者からは「早めに通行止めにするべきだった」という声が上がったが、天候急変に対する状況判断は難しかったとみられる。

 東日本高速道路が作った「冬の高速道路/安全チェックポイントマップ」は、吹雪・地吹雪への注意が必要な地点として古川IC付近を含めて東北の4地点を掲げる。

 各運転者が危険地点を頭に入れ、「その時」には自動車道を早めに降りるなど心の備えをしっかりしておくべきだろう。
(大崎総局・喜田浩一)

[メモ]東日本高速道路は再発防止のため、現場周辺の約700メートルの区間で防雪柵を高さ2.3メートルから4メートルに改良。吹雪でも道路の幅やカーブが分かるように視線誘導灯を今月末までに設置する。同社と県警は10月、重大事故を想定した合同対処訓練をした。

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