無症状者のPCR検査は必要か 問われる感染拡大防止効果
<連載・コロナ下のウィーン(7・完)>
オーストリアの病院に勤務する斎藤若奈医師(仙台市出身)に「コロナ下のウィーン」の医療や暮らしをつづってもらう連載の第7回。新型コロナウイルスの感染について積極的に検査することをどう考えるべきか。昨年夏に日本に帰国して現在は仙台で暮らす斎藤医師に、欧州の専門医の見解も交えて報告してもらいます。河北新報オンラインニュースのオリジナル記事としてお届けします。
感染防止と日常生活回復
変異株「オミクロン」の市中感染拡大が心配される中、日本国内でも多くの都市で、無症状の人も無料で新型コロナウイルスの検査が受けられるようになったことが話題になっています。
これにより、感染拡大防止と日常生活回復の両立を図ることができるようになり、さらに健康上の理由などでワクチン未接種の人や感染が心配な人の不安解消につながることが期待されています。
あるニュースでは、検査場を訪れた人の話として「帰省して万が一、実家の両親に感染させて迷惑を掛けたくない」とか、「ワクチンを2回接種済みだが時間がたったので心配になって来た」というように利用されていると伝えられていました。
理論的には完璧
感染者を早期に発見して感染拡大を防止する。特に無症状の感染者が感染拡大の原因となっているので、積極的に検査して無症状の人からも陽性者を見つけて隔離し社会の感染拡大を防ぐ―。これは理論的には素晴らしく完璧です。
しかし、それを先駆けて実施してきたオーストリアでは、残念ながら昨年夏に収束したと思われた感染がその後さらに猛威を増して戻ってきて、再びロックダウン(都市封鎖)に踏み切らざるを得なくなりました。
先日、オーストリア感染症学会のオンライン勉強会で、ザルツブルクの臨床検査専門医であるムスタファ・ハンズ・ゲオルグ医師(Dr. Mustafa Hans Georg)が興味深い発表をしたので抜粋して紹介します。
極端に増えた検査
オーストリアでは2021年の初めから、全国民を対象に極端に検査数を増やし、無症状の陽性者を早期発見し感染拡大を防ぐという検査戦略を立ててきました(図1)。最初は抗原検査をどんどん増やし、その後、正確さを求めてPCR検査に移行してきました。
そして実際、陽性者の3割が無症状者という状況に至る現在まで、発見と隔離を実践していました。自宅隔離や検査義務に従わない場合は罰金が科されます。検査結果がすぐ分かるという安心感もあり、人々は比較的真面目にこの戦略に従ってきました。
しかし、結果として新規陽性者の波はドイツ、スイスという隣国と比べても、ほぼ変化がありませんでした。少なくとも重症者や死者数を減らしたのではないかと期待したいところですが、残念ながらそれらも他国と変わりなかった、という結果になってしまいました(図2~4)。
接触者追跡に手が回らず
この結果をムスタファ医師はこう分析しています。
「検査数が多くなると、必然的に陽性者数もどんどん多くなり、濃厚接触者の追跡まで全く手が回らなくなってしまった時期があった。検査と接触者追跡とは連動して機能していなければならなかった」
「PCR検査を急に拡大したので、いまだに検査手技をスタンダード化することが追いついていない。専門家から見ればかなり怪しい検査会社も存在し、マスメディアはその怪しさに気づかず報道に使っていることもあった」
「新型コロナウイルスのPCR陽性という結果への対応・解釈が一様でなかった。感染性と非感染性、入院するのかどうかなど、対応が地方によって差があった」
オーストリアではPCR検査でウイルス量が多いかどうか、CT値(Cycle Threshold)30をカットオフ(線引きの値)として感染性・非感染性を分けます。しかし、同じ患者さんを毎日検査してみると、間違っているのではないかと思えるほどCT値が上下して、症状経過とも一致しない症例を多数経験したそうです。それは私自身もウィーンで患者さんを診て実感しました。
遅すぎる対応
また陽性結果への対応で言えば、私の息子の小学校のクラスで陽性者が出た場合、最初の時点では何の対応もありません。そこから再検査などを行い結果が確定した4日目から自宅隔離開始となります。すでに感染期を過ぎていると考えられ、遅すぎる対応となっていました。
やはり「陽性」という結果が出ても、それをうまく感染拡大防止のために使えていなかった可能性があります。
また、ムスタファ医師は、陰性という結果を得て「自分は大丈夫だ」と思った人が自粛せず、どんどん動いてしまうことでかえって感染拡大につながったのではないか、とも述べていました。
オーストリアでは抗原検査結果の有効期間は48時間、PCR検査は72時間と規定されています。一度検査して陰性という結果を得たからといっても、それは「間違い」という恐れもあり、数日しかその意味は持たないのです。
かえって危険な表示
時々、仙台の飲食店でも「PCR検査実施しています! 前回の検査11月」などという表示を見掛けます。日付は書かれておらず、月自体も前月のままということがあります。それには何の意味もありません。それどころか、間違った「安心感」を与え、かえって危険な表示とも言えます。
ムスタファ医師は「新型コロナウイルスは遅かれ早かれ、インフルエンザなどと同様に定点検査で傾向を把握していくべきだろう。検査法についても、PCRだけでなく、簡便で迅速に結果の出る抗原検査も十分有用である」と話していました。
今後、オミクロン株の流行拡大が心配されますが、変異ウイルスに関わる検査は全例でゲノム解析までせずとも、その特異的検出に対応したPCR法で可能で、迅速に行うべきであるとも述べていました。
最後に強調された点としては、検査は予防接種の代わりとはなり得ないということです。
オーストリアではワクチン接種率がようやく70%に達したところで、他の国と比べ低めです。「検査が無料でできるからワクチンを打たなくても大丈夫」と考えている人々に対して、ムスタファ医師は警鐘を鳴らしました。
一人歩きしないよう
今後、感染拡大が危惧される中、個人レベルの安心材料として検査をする、という使い方は有用であると思います。しかし、社会における感染拡大防止という観点からみると、無症状の陽性者を早期に見つけて早期隔離しても、感染拡大防止につながる効果は残念ながら実証されていない、ということは知っておかなければならないと思います。
人口構成をはじめ国によってさまざまな事情が異なり、オーストリアの事情を日本に当てはめられないかもしれません。しかし、病気と離れて検査が一人歩きしないよう、基本的には症状のある人が速やかに検査を受けられる体制を構築することの方が重要であると考えます。
斎藤若奈(さいとう・わかな) 1973年生まれ。仙台市出身、山形大卒。専門は呼吸器・感染症。長崎大学病院、仙台医療センター勤務などを経て、国際結婚を機に、オーストリア・ウィーンで暮らす。出産、育児をしながら2016年にオーストリアでも医師免許を取得し、20年からウィーン市の公立病院で研修医として再出発。言葉と文化の壁に毎日ぶつかりながらも、家事育児に協力的な夫と子供2人に支えられ奮闘中。現在は仙台市在住。
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「コロナ下のウィーン」の連載は今回で終了します。ご意見・ご感想は河北新報社編集局コンテンツセンターにお寄せください。メールアドレスは
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