自宅療養を「地獄」にしないために 事前の準備が医療と自分を救う
<Web寄稿>医師・斎藤若奈さん
新型コロナウイルスに感染し自宅療養となる人が急増しています。「そのとき」が来る前に、私たちはどのように備えればいいのでしょうか。オーストリアで昨年夏まで医師として勤務し、現在は仙台市の病院で働く斎藤若奈医師(専門は呼吸器・感染症)が、家族の感染で自宅療養となった自らの経験を基に報告します。
「それ」は突然に
「それ」を使うときは、突然やってきた。いつか時代劇で見たことがある「困った時が来たら開けなさい」というシーンを思い出した。ふいにそんな場面がやって来たのだ。
東京や大阪のような大都市だけでなく、最近、私が暮らす仙台の周囲でも、オミクロン株の感染が増えていた。しかも、数日前からあちこちの小学校が休校となっていた。そんな時、私の小学生の子どもが突然、発熱したのだ。この状況では、新型コロナウイルスへの感染を考えなければならない。もしコロナであれば、自分は必然的に濃厚接触者となり、医療者として働けなくなる。
私は震える手で、オーストリアから持って来ていた「それ」(新型コロナ抗原検査キット)を取り出した。夫と一緒に暴れる子を押さえつけて、素早く鼻に綿棒を入れて鼻水を採取した。そして、検査キットに液体を流す。すぐに赤い線が出てきた。陽性だ。
保健所への電話
保健所のコールセンターに電話をした。保健所としては、病院からの確定診断と、発生届けがないことには正式に受理できないという。オミクロンの感染は、普通の風邪との見分けが非常に難しい。風邪症状のある人全員が新型コロナの検査を受けられるとは思えない。医院のホームページを検索しても、「コロナの検査やっています」というところは仙台市内でも数件しか出てこない。今は検査が混んでいるので、検査結果は時間がかかる、ともある。検査して確定診断が出たとしても、そこから医師が発生届を出し、保健所が認定し、そこから追跡調査をして、学校が保健所の指示を待って対応を決める…。先にはいくつもの段階が待っている。
インフルエンザでも新型コロナでも、感染症は熱が出て発症した前後が最も感染力が強い。確定診断のために「再検査」「届け出」というプロセスを経ていると、保健所から対策が示される頃には、既に感染期を過ぎている。これまでの新型コロナウイルスよりも感染力が強く、潜伏期が短いとされるオミクロン株は、これまでのやり方では対応できるはずもない。しかも、全てを保健所に報告し、保健所が指示を出す。昨年夏の第5波で、そのようなやり方で限界を迎えたことを経験したはずではなかったのか。
オミクロン株は幸いなことに「鼻やのどなどの上気道で増殖しやすく、肺では増えにくいようで肺炎になることが少なく、重症化が少ない」という報告が世界各地から出ている。私も各種届け出などに手を取られているうち、子供たちは1日から1日半で解熱した。うちの子供について言えばインフルエンザよりも軽症だった。
受診にもリスク
医師の診断が確定しないと先に進まない。医師は重症者と軽症者を見分ける必要がある。だから、症状がある人はとにかく医療機関へ行って診察してもらわなければならない。しかし、感染が急に広がる中では、病院に行ってもさらに長く待たされることになる。待合室にいるのは何より体力的につらいし、感染者からウイルスをもらう危険もある。首都圏ではすでに、診断のための外来があふれ、機能しなくなってきているところがあると報道されている。しかも重症化するのは経過中であって、診断時に全経過を判断することは難しい。
重症化リスクの低い人で、抗原検査キットや無料のPCR検査で陽性が判明した場合は、医療機関の診断を待たずに自ら療養を始めることができるようになった自治体もある。重症化リスクが低い人は、新型コロナウイルス感染症だと診断を受けても抗ウイルス薬治療の対象とはならず、経過を見ることとなる。それならば、病院を受診する体力を残しておいて自宅で解熱剤を使って経過を見たり、健康観察記録をきちんと残しておいたりする。後にそれが認められれば、隔離期間は症状が始まったところから数えて損をすることがないようにすればよい。重症化した時に対応できるようにサポートする体制を整えておく。
何より事前の準備が必要だ。「誰でもそういう状況に突然陥る可能性がある」という想定と、解熱剤、せき止めなどの薬、水分と食料などの備えが必要なのだ。首都圏ほど感染拡大が進んでいない仙台に暮らすわれわれには、まだ時間と余裕が残されている。
「地獄の自宅療養」
最近の報道で、センセーショナルな「地獄の自宅療養」という記事が出ていた。大阪のある家族が次々に発症し、高熱で具合が悪くて動ける状態ではなくなったという。保健所に電話がつながらず、具合は悪いし不安感も強く「地獄だった」。感じ方は人それぞれで否定はできないが、「オミクロンではそういうことが起きるかもしれない」と想定して備えができていたら、そう簡単に地獄に落ちなかったのではないだろうか。
自宅はなんといっても落ち着ける。好きなお茶を飲め、好きな時に食べられる。行政からの食料援助パッケージもある。心と体に余裕が出てきたら、好きな音楽だって聴ける。人それぞれではあるが、オミクロンが軽症で済む場合には、余裕のある自宅療養だってありえるのだ。ウィーンに住んでいた頃、夫がアルファ株に罹患した際、部屋を分けて自宅隔離し、他の家族は陰性を保持できた経験があり、あまり不安は感じなかった。
保健所に「自宅療養を希望します」と言うと、「病態が急変して最悪、命に関わる可能性もあります」「搬送先がなかなか見つからない可能性もあります」という恐ろしい文言に同意しなければならない。
しかしそれは、保健所の側にとってみれば、もっともなのかもしれない。自宅療養中に連絡が取れなくなり、冷たくなって家で発見されたというショッキングな例が前回の感染の波で発生した。「保健所のフォローアップに問題があったのではないか」という報道がこれまたセンセーショナルに伝えられていたからだ。
家族で分ける難しさ
今回、我々もホテル療養を迷った時点があった。一人目の子供が発症し、他の3人が濃厚接触者だった時、濃厚接触者は陽性者が隔離解除となった日から10日間さらに自宅隔離を続けなければならない、と言われたためだ。もう一人の小学生の子は約3週間も学校に行けないことになる。健康なのに、家庭内感染しないように頑張った人ほど、長く隔離されなければならないことになる。結局その子もすぐ発症したので、家族全員そのまま自宅隔離となった。
その後、私にも頭痛、寒気、ひどい喉の痛みがやってきて、3回のワクチン接種を受けていたがブレイクスルー感染してしまった。世間で言われている通り、喉の痛みが強いのが特徴的だった。手持ちの消炎鎮痛剤で3、4日で落ち着いた。
家庭内感染が一番多いとされる。だから自宅療養はよくないと言われることがあるが、子供が感染した場合、家族が分断されホテル療養は現実的でないことも少なくない。1人目の感染確定の時点で家族を分けたところで、すでに感染は広がっている可能性が高い。
宮城県でも1月28日から、39歳以下で重症化リスクが低い場合は、基本的に自宅療養となった。陽性者数が連日爆発的に増加し、宿泊療養先が逼迫(ひっぱく)してきたためである。
ここで記憶に新しいのは、菅義偉政権が昨年の夏、病床が逼迫してから「重症化の恐れのある人以外は原則、自宅療養」とする方針を発表した際に、大きな反発を受けたことである。当時、私はオーストリアから帰国したばかり。現地ではコロナ流行の当初から、軽症は基本的に自宅療養とすることでうまく回っており、それは患者側も望んでいることだった。
日本ではなぜここまで軽症者の自宅療養方針が批判を受けるのかが理解できなかった。皆が病院に殺到すれば医療はすぐ逼迫し、必要な時に適切な医療が受けられなくなるのは当然だ。既に逼迫してからの発表だったため、後手に回った感があり、発表したタイミングと言い方を間違っただけだったのだろうか。
解熱剤や食品備蓄を
爆発的に感染者が増える中、やはり若年層の重症化リスクが低い人には自宅療養を勧め、一方で1人暮らしなどさまざまな理由でホテル療養を希望する人は年齢にかかわらず、すぐ認められるような形とし、病状が悪化した場合にはすぐ入院を手配できるよう病院になるべく余裕を持たせる、とするのが最善の策ではないだろうか。
また、ワクチンを2回接種していてもオミクロン株の感染は避けられず、重症化を防ぐにも3回目のワクチン接種が必要であることが明らかになって来ている。3回目接種が遅れている日本では、まだ安心できない。これから急いで接種を進めて行かなければならないが、発熱者があふれている病院でワクチンを打つのでは本末転倒だ。だから、接種はなるべく発熱者と分けたところで進めていく必要がある。
診断と重症化リスクの判別、入院治療、ワクチン接種と、それぞれの役割分担をしっかりする。一方で市民も感染した時のことを想定し、解熱剤や食料品を備え、心の準備もしておくこと。動ける人は交代で動けない人のサポートをすること。それらを地道にしていけば、南アフリカやイギリスのように1~2カ月で、この波は乗り越えられているのではないか。
【最後に】
現在あちこちで感染者が出て、社会が動揺している中、必死で頑張っている保健所、行政、学校関係者、医療従事者の皆さんに心から感謝します。どうぞ、自分の体が第一ですので、無理しすぎないようにしてください。隔離解除となれば、私たちもまた一生懸命働きます!
斎藤若奈(さいとう・わかな) 1973年生まれ。仙台市出身、山形大卒。専門は呼吸器・感染症。長崎大学病院、仙台医療センター勤務などを経て、国際結婚を機に、オーストリア・ウィーンに移住。出産、育児をしながら2016年にオーストリアでも医師免許を取得し、20年からウィーン市の公立病院で研修医として再出発。言葉と文化の壁に毎日ぶつかりながらも、夫と子供2人に支えられ奮闘中。21年8月から仙台で再び家族と暮らす。
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宮城県警 みやぎセキュリティメールより
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