病院ごと避難、想定せず 震災関連死に迫る・第4部(1)

原発事故で病院ごと避難を強いられた双葉厚生病院=19日、福島県双葉町

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故に伴う関連死の教訓は、次の災害への備えに生かされているのか。医療態勢や避難所環境の現状を検証し、命を守る手だてを考える。
(報道部・吉田尚史、柴崎吉敬、栗原支局・鈴木拓也)

 閉鎖された病院内は薄暗く、もぬけの殻になった建物だけが残る。福島県双葉町の「双葉厚生病院」は11年前に事故を起こした東京電力福島第1原発から約4キロ。初期被ばく医療機関でもあり、病院ごと避難するなど想定していなかった。

 「病院は孤立している。救援のヘリコプターを派遣するので速やかに脱出を」。事態が急変したのは東日本大震災の発生翌日2011年3月12日午後2時過ぎ。重富秀一院長(71)は県の災害対策本部にいた旧知の医師から電話で強く促され、患者と職員全員の避難を決めた。

 政府が早朝に避難指示区域を3キロ圏から10キロ圏に拡大した後、入院患者136人のうち、動ける患者をバスと自衛隊のトラックで避難させていた。移動リスクのある重症者と寝たきりの計40人は職員と一緒に院内にとどまるつもりだった。

 病院は海岸から約2キロにあり、津波にのみ込まれた被災者が次々に救急搬送されていた。「被災地の最前線から医師が引き上げるのは駄目だ」と考えていた。

 人工呼吸器を装着した患者もいて、ヘリが到着する双葉高のグラウンドまでの搬送は困難を伴った。夕方に到着した7機に重篤な患者から順番に搬送したが、全員を運びきれなかった。寒さの中、高校の茶道室で一夜を明かした患者もいた。翌13日までの避難中に患者4人が亡くなった。

 国会事故調査委員会の報告によると、双葉病院(福島県大熊町)など原発20キロ圏内の病院7カ所と介護老人保健施設では、事故1カ月以内に少なくとも計60人が死亡した。避難指示拡大による長距離移動や受け入れ先探しが難航し、患者の命を揺さぶった。

避難指示が出され、重症患者を搬送する病院スタッフ=2011年3月12日(写真を一部加工しています)

有事の備え、現場任せ

 東京電力福島第1原発事故で、福島県双葉町の双葉厚生病院(休止中)は病院ごとの避難を決断した。2011年3月13日までの避難2日間で4人の入院患者が亡くなった。

 「大変お気の毒だが、亡くなる時期が早まった可能性はある。申し訳なかった」。重富秀一院長(71)が重い口を開く。

 病院を運営するJA福島厚生連がまとめた医師や看護師の証言記録によると、死亡した1人は末期がん患者。ヘリコプターで搬送中に息を引き取ったという。別の1人は重症の心不全患者で、ボンベの酸素が切れて搬送できずに力尽きた。

 「重症患者を運ぶのは相当な負担。医療機器も不足する中、容体が急変すれば処置も限られる。医療を継続するには原発近くにシェルターを造るべきだ」。当時を振り返り、重富院長は話す。

 国は12年に原子力防災対策を見直した。半径30キロ圏は屋内退避や避難の措置を取る「緊急防護措置区域(UPZ)」に指定。医療機関や社会福祉施設も指針に準じるが、その場にとどまるには手厚い準備が必要となる。

 関連死問題などを研究する常磐病院(いわき市)の沢野豊明医師(32)は屋内退避を継続する方法の検討が不十分と指摘。「外から医療資源や人が供給されない限り、屋内退避はできない。透析患者がいた場合、飲料水以外にも大量の水が必要になる」と訴える。

双葉高のグラウンドで自衛隊ヘリを待つ患者と職員=11年3月12日夕、福島県双葉町(いずれもJA福島厚生連双葉厚生病院提供)

 東北電力が再稼働を目指す女川原発(宮城県女川町、石巻市)を抱える宮城。福島第1原発事故がもたらした関連死の教訓はどう生かされているのか。

 「一番心配なのは避難先と搬送車両の確保。有事の際、患者の症状に応じた病院のマッチングはうまくいくか…」。原発から17キロにある石巻市立病院の担当者は不安を口にする。

 国の原子力防災対策見直しを受け、県は30キロ圏の医療機関と社会福祉施設に個別の避難計画策定を義務付けた。医療機関は全19施設(2169床)が完了したが、搬送先の調整は県の役割。県が受け皿として県内23市町に96施設(2286床)を確保したが、常にベッドが空いているとは限らない。

 「計画は作ったけれども、屋内退避から外へ避難する際に何を準備して、どう動けばいいのか。具体的にイメージできない」。東松島市の特別養護老人ホーム「やもと赤井の里」の土井孝博施設長(40)は打ち明ける。

 要介護度が高い長期入居者は30床。デイサービス利用者や職員ら日によっては100人を超す食料の備蓄をどうするか、30キロ圏内に応援職員が果たして来てくれるのか…。疑問を挙げればきりがない。

 避難計画について、県の地域防災計画は「県や関係市町と連携して作成する」と規定する。だが、内容の確認や助言を県は行っておらず、検証は訓練頼み。施設側に「丸投げ」しているのが実情だ。

 「原子力災害が今起きれば、どの施設も福島の時と同じように大混乱となるだろう。備えの穴をふさぐには、30キロ圏内の各施設が意見を交わして、県と一緒に課題を考える場が必要だ」と土井さんは求める。

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