事例分析に遺訓生かす 震災関連死に迫る・第4部(完)

仙台市の宇都彰浩弁護士(右)の事務所で、資料を見ながら震災関連死の事例分析をする在間さん

 東日本大震災の3カ月半後、49歳だった石巻市の男性は突然、致死性不整脈で命を落とした。

 記録をひもとくと、避難所や親戚宅を転々としながら、津波で1階天井まで浸水した自宅の修繕に走り回っていた。亡くなる約2カ月前は中等度の高血圧。生活環境の変化で持病が悪化した可能性がうかがえた。

 「死因から背景をさかのぼれば、どうしたら救えたのか見えてくるのではないか」。被災者支援に携わる東京の在間文康弁護士(43)は昨年6月、仙台市の弁護士と震災関連死の資料を基に調査を始めた。

 震災被害が最も大きい石巻市の認定、不認定合わせて387人分の記録をめくる。河北新報社の請求で開示された遺族の申立書、審査会議録など約7000枚を丹念に読み込む。

 関連死とは認められなかった男性の血圧の変化をたどろうとしたが、震災前の数値はどの資料にもなかった。

 「何が原因で亡くなったのかも詳しく分からない。本来、こうした分析を国が最初の一歩として取りかかるべきだ」。在間さんは事例分析の必要性を訴える。

 在間さんは震災翌年から約4年半、陸前高田市の法律事務所で、遺族や被災者の法律相談に耳を傾けた。

 「防ぎ得た死ではなかったか」。強い疑問を抱き、代理人として闘った裁判がある。震災9カ月後、心筋梗塞の合併症で死亡した陸前高田市の自営業の50代男性のことだ。関連死の認定を市に退けられ、妻が提訴。盛岡地裁は因果関係を認め、弔慰金支給を命じた。

 男性が妻や子ども3人と暮らした自宅は無事だったが、津波で店舗を失った。再建のめどは立たず、事業ローンなど経済的ストレスで持病の高血圧が悪化し、帰らぬ人となった。

 もし、住宅の被災者に最大300万円が支給される被災者生活再建支援法が、店舗を失った男性にも適用されていたら-。

 「焦りや不安は少なからず和らぎ、亡くならずに済んだかもしれない。あらゆる関連死には、その死を防ぐための手がかりが残されているはずだ」。在間さんが事例の収集、分析の重要性を訴える根っこにはこうした思いがある。

 関連死は1995年の阪神大震災で概念が生まれ、東日本大震災や熊本地震などこれまでの災害で5000人超が認められた。未申請や不認定となった「埋もれた死」もあり、統計上の数字だけに収まらない。

 内閣府が腰を上げたのは2021年4月。初めて関連死の事例集を公表した。認定と不認定の98人が死に至った経緯をまとめたが、その目的は「市町村による審査が円滑、適切に行われること」という表面的なものだ。

 「同じ悲劇を繰り返さないでほしいという遺族の願いがかなわず、申し訳ない状況がずっと続いている」と在間さん。本気度が感じられない国の姿勢が歯がゆい。

 近い将来、南海トラフ巨大地震や首都直下地震の発生が予想される。昨年12月には日本海溝・千島海溝沿いを震源とする巨大地震の被害想定が公表され、焦りが一層募る。

 「遺訓」。在間さんは関連死の事例収集をして分析する意味をこう捉える。

 「生死に関わる問題で対策は待ったなし。遺訓と向き合うのは今を生きる私たちの責務ではないか」。一人一人の死を防災につなげなければならないと誓う。

 (この連載は今回で終了します。報道部・吉田尚史、柴崎吉敬、栗原支局・鈴木拓也が担当しました)

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