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生前葬、元気なうちに コロナ下、別れの儀式も様変わり

 「普通のおばあちゃんが生前葬を行います」。熊本市中央区の末藤朋子さん(78)が熊本日日新聞社(同市)の「SNSこちら編集局」(S編)に情報を寄せた。元気なうちに親しい人を招いて自分自身で行うお葬式だ。末藤さんの人生の節目に立ち会った。

自身の「遺影」の横で、これまでの人生を振り返る末藤さん

 4月24日午前11時、中央区の玉泉院帯山中央会館。式は厳かな雰囲気の中で始まった。正面には末藤さんの「遺影」が置かれ、経営していた喫茶店の常連客や入院時に関わった理学療法士など仲の良い17人が花を手向けた。

 そこに、白い衣装に身を包んだ末藤さんが男性に連れられて登場した。「さんずの川の手前で、のんびりしておりました。今日は私のお祝いに来てくれてありがとう」。参列者から笑みがこぼれた。

 式の途中には、参列者が得意の三線(さんしん)や電子ピアノを披露したり、全員で沖縄の伝統的な踊り「カチャーシー」を舞ったりと、にぎやかな時間も用意されていた。司会を務めた知人の市原里佳さん(54)=北区=は「初めての生前葬で戸惑いもあった私たちへの気遣いだと思う。末藤さんらしいアイデア」と話した。

 楽しい時間を過ごした後は、末藤さんが自身の遺影の横に座り、人生を静かに語り始めた。

 38歳の時、夫の朋徳さんを交通事故で亡くして人生が一変したこと。50歳で同市のまちなかに中国雑貨も扱う喫茶店をオープンしたこと。52歳で単身中国に渡り、反日感情も残る中で嫌がらせを受けながら、日本料理店で懸命に働いたこと…。時折、声を震わせながら話す末藤さんを前に涙を流す参列者もいた。

 生前葬について周囲に相談した時は賛否が分かれたという。末藤さんは「タブーとされてきた『死』を元気なうちに考えることは、時代とともに一つの価値観として定着していくと思った。感謝を伝えるために開こうと決めた」と振り返った。

 生前葬を終えた末藤さんは晴れやかな表情で参列者を見送った。「これからは頂いた恩をお返しする日々を楽しみます」。末藤さんの“新しい人生”が始まった。

 新型コロナウイルス禍の影響もあり、近年、葬儀に対する考え方は変化しているようだ。「儀式」というよりも「故人と過ごす最後の場」という意識がより重視されつつあるという。

 斎場の検索サイトを手がける鎌倉新書(東京)が、喪主などを経験した40代以上を対象に実施した調査では、ごく親しい人だけで「家族葬」を行った割合が今年初めて50%を超えた。一方で、従来通りの「一般葬」は26%まで減少。5年前の調査から半減した。

 同社広報担当の古屋真音さん(27)は「儀式ではなく、故人との思い出に浸る『お別れの場』と考える人が増えたのではないか」と推測する。

 斎場の「玉泉院」を運営するセルモ(熊本市)には、コロナ禍で入院時に十分な面会ができない分、葬儀では「故人との時間や思い出をより大切にしたい」といった要望が寄せられているという。セルモグループの大城拓夢さん(31)は「以前は亡くなった後の相談が多かったが、最近では家族が事前に構想を練って入念に準備するケースが増えた印象がある」。人数を分けた2部制やオンラインでの葬儀にも携わった。

 大城さんによると、生前葬に関する問い合わせも3年ほど前から寄せられるようになったという。熊本県おそうしき相談センター(同市)によると、生前葬の定義は業界内でも明確ではないが、同センターの宮崎靖大さん(50)は「形式はさまざまだが、生きた証しや感謝をきちんと伝えられるかが何よりも大事だ」と強調した。
(熊本日日新聞提供)

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