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海辺に立つ高床式建物の正体は? 謎を追ったら新進気鋭の建築家にたどり着いた

漁港の対岸から見たオフィス

 展望台? それとも津波避難タワー? 宮城県名取市の閖上漁港のそばに、4本の鉄柱に持ち上げられた高床式の建物がある。誰が造り、どのように使われているのか。謎を追ってみると、県内出身の新進気鋭の建築家にたどり着いた。(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

河川堤防と防潮堤に挟まれた三角形の敷地に建つ(小俣さん提供)

 東日本大震災で甚大な津波被害を受けた閖上地区。商業施設「かわまちてらす閖上」から名取川の堤防を河口に向かって1キロほど歩く。かさ上げされた7・2メートルの堤防とほぼ同じ高さに建物の2階がある。四方ガラス張りで、数人がパソコンで作業しているのが見える。

 実はここ、ウェブ制作会社「クマノテドット」のオフィス。2000年創業で、社員は5人。社長の熊谷英明さん(51)は「通りがかった人にラジオ局?とか管制塔?とか言われる。プロゲーマーの家というのもあったなあ」と笑う。

鉄柱で地上から5メートル持ち上げられたオフィス

 元々、仙台市青葉区本町の賃貸ビルに入居していた。近年リモートワークが普及したこともあり「自然の中にこそクリエーティブの源泉がある」と郊外への社屋建設を思い立った。

 熊谷さんは宮城県亘理町から同県七ケ浜町にかけて仙台近郊の海沿いの土地を探し歩いた。2019年、名取市が企業誘致していた閖上東地区の産業用地に行き着く。自宅から車で約15分の距離にあり、釣りやサーフィン、ヨットが楽しめる「リゾート感」に一目ぼれした。

「秘密基地っぽくて大満足」と話す熊谷社長

 知人の紹介で、設計を依頼したのが塩釜市出身の建築家小俣裕亮(こまた・ゆうすけ)さん(40)だ。熊谷さんの要望は一点。「海が見えるようにしてほしい」。震災前、海とひとつながりだったエリアは防潮堤で視界が遮断されていた。現地を初めて訪れた時、小俣さんは「すぱっとイメージが浮かんだ」。

小俣裕亮さん(本人提供)

 手法はこう。砂が堆積した軟弱地盤のため、長さ約15メートル、直径40センチ、重さ2トンの鋼鉄柱4本を地下10メートルまで打ち込む。長さ18メートルのH鋼2本を渡し、約100平方メートルの事務所を支える。縄文時代の三内丸山遺跡(青森市)、古代の出雲大社(島根県)などの掘立(ほったて)柱建物をほうふつとさせる。

復元された大型掘立柱建物=2020年4月、青森市の三内丸山遺跡

 設計の根底にある思想は「今ある環境を絶対的なものと思わない」という「土地への不信」だ。地形は自然現象に加え、かさ上げ工事など人の営みによっても変わる。移ろいやすい地表面に建物を載せるのでなく、1万年以上前に形成された地層に達するくいを打ち、そのまま柱とした。

 工法は「パイルベント」と呼ばれる土木技術を応用した。昭和後期まで橋脚や桟橋の建造に広く用いられたが、建築で使われた例はほとんどないという。見た目のおしゃれさより、構造技術が率直に現れるよう設計した。

建物構造の模型。長さ約15メートルのくいが地中深くに突き刺さっている(小俣さん提供)

 防潮堤を肯定的に活用する工夫も施した。大きな緑地面を借景にし、1階の屋外空間を程よく囲う役目を持たせた。地上に置いたコンテナに釣り具置き場や釣った魚をさばくミニキッチンを設け、閖上ならではの楽しさを演出した。工事は2020年12月に始まり、21年8月に完成した。

西側から見たオフィス。窓に障子をあしらっている

 小俣さんのキャリアに触れたい。仙台三高から筑波大大学院を経て、2009年、建築家磯崎新さん(90)の事務所に入所した。建築界のノーベル賞とされる米プリツカー賞も受けた巨匠の下で、建築の枠にとどまらない自由な発想力を学んだ。エジプトや中央アジアの大学キャンパス建設などを手がけ、知見を広げた。

 東日本大震災からの復興支援を目的とした音楽祭「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ」では、移動式のコンサートホールの設計に加わった。約500人を収容する風船状のホールとともに2013~15年、宮城県松島町、仙台市、福島市を巡った。

 2016年に東京に事務所を構えてから初めて宮城県内での仕事の依頼だった。「震災や防潮堤によって景色が一変した後の町に、人の居場所をどのように作るか」。アーク・ノヴァ以来、考え続けてきたテーマに取り組む機会となった。

音楽祭「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ」で宮城県松島町の西行戻しの松公園に設けられた移動式のコンサートホール ⓒLUCERNE FESTIVAL ARK NOVA 2013

 「閖上の掘立柱」は今年2月、優れたデザインと構造技術を併せ持つ建築物に贈られる第2回「アーキニアリング・デザイン・アワード(AND賞)」の優秀賞に輝いた。

 日本建築学会の元会長斎藤公男さん(84)が代表のA―Forumが主催し、東京都市大学の福島加津也教授(54)ら4人が選考委員を務めた。全国からの応募40作品の中で、最優秀賞に次ぐ3作品の一つに選ばれた。

 福島教授は「建築家の設計も構造家の技術も、機能と合理に基づいてストレートである。しかし、その立ち姿はなぜか異形で、日本という過酷な自然環境に住み続ける困難を写す鏡のように、私たちの心に問いかけてくる」と講評し、「野心的な建築」とたたえた。

海や堤防の緑地を眺めながら仕事ができる

 小俣さんは「著名な建築家の作品の中で評価され、すごくうれしい」と語る。その上で「震災の副産物、今回の場合は海と人を隔絶する防潮堤の意味を読み換え、ポジティブな場所をどうつくっていけるのか。このテーマは継続して取り組んでいきたい」と話した。
(この記事は「読者とともに 特別報道室」に寄せられた情報などを基に取材しました)

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