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発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方>新しい牡鹿柵の構造と機能

【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】

第4部 律令国家の完成と石巻地方の支配

<城柵、藤原宮期に大改修>

 天武・持統天皇は飛鳥浄御原令(りょう)、藤原京遷都構想と実施によって、7世紀末~8世紀初めに全国的に真北を基準に国(くに)・評(こおり)の施設を造り変えて全国を統治します。国家の勢力範囲の外側の蝦夷の地に造営された柵も同様に改変されました。

■赤井も正方位に

 石巻地方に造営された東松島市赤井官衙(あかいかんが)遺跡(牡鹿柵(おしかのさく))も方位が20度ほど傾く囲郭(いかく)集落(初期の柵)から正方位の城柵官衙(じょうさくかんが)に改変しています。東西約800メートル、南北約400メートル規模の囲郭集落から東西約1700メートル、南北約1000メートルの範囲に遺跡が拡大します。

 さらにその内部は西端部に倉庫地区、中央部に館院(たちいん)1地区、その東側に館院2地区と館院2地区南方院(なんぽういん)といった機能別に地区分けされています。それまで使用していた800メートルを超える範囲の建物や塀を全て解体し、新たに建物や塀や住居を建て直すのですから、とても大がかりな仕事です。現代風に言えば町の再開発を行うようなものです。膨大な労働力と資材が投入されたのです。

 赤井官衙遺跡は1986年から三十余年に及ぶ調査の成果によって大別3期、細別13期に時期区分されています。I期は古墳時代前期から終末までの一般集落期、II期は乙巳(いっし)の変(645年)から囲郭集落(初期の柵)期までの移民集落期、III期は藤原宮期(ふじわらきゅうき)から平安初期までの城柵官衙期です。7世紀末~8世紀初めはIII-1期に該当し、真北に方位を改めて役所機能を持つ城柵を造営した最初の段階に当たります。III期の遺構は掘っ立て式建物が主体になりますが、最初の段階では柱間が4間~3間×2間(30~20平方メートル)規模の小規模建物がほとんどです。

■倉庫や塀が並ぶ

 西端部に配置された倉庫(正倉(しょうそう))地区は3間×2間(23平方メートル)規模の東西棟で東西に一直線に並んで建てられています。建物の構造は総柱(そうばしら)(柱の交差する位置にも柱がある構造)の高床倉庫と側柱(がわばしら)(建物の外面だけに柱がある構造)の地面を床として使う倉庫が交互に並んでいます。実に規則的に配置されています。倉庫地区の南と北には材木塀が並んでいて、恐らく倉庫地区を囲んでいるものと想像されます。

 中央部の館院1地区は主屋とみられる4間×2間(31平方メートル)の東西棟側柱建物を中心に3間×2間(27平方メートル)規模の高床倉庫と側柱建物が散在しています。南側には堅穴住居もあります。また、館院1地区の西側は南北に延びる材木塀によって区切られていて、塀の南寄りに幅7~4メートルの運河が掘られています。

 この地区は何度か建て替えられていて、8世紀中頃には「舎人(とねり)」とヘラで書かれた須恵器がたくさん出土する地区です。「舎人」とは奈良の平城宮の役人見習いの役職名で、奈良の都へ出仕(しゅっし)した郡領(ぐんりょう)(郡の長官)の子弟たちを示す文字です。従って館院1地区は郡領の居宅と考えられます。

■蝦夷の接待にも

 館院2地区は5間×2間(85平方メートル)の大型南北棟建物、4間×2間(32平方メートル)、3間×2間(30平方メートル)の東西棟建物や2間×2間(15平方メートル)の高床倉庫、一辺約10メートルの大型竪穴住居が配置された地区で、郡領の居宅と考えられる館院1地区よりも規模の大きな建物群で構成されています。郡領氏族のトップかさらに上のランクの国の役人の館の可能性のある地区です。

 館院2地区の南に隣接する南方院地区は3間×2間(28平方メートル)規模の東西棟と一辺4.5メートル規模の竪穴住居などが配置された地区です。ここからは岩手県から青森県八戸市にかけての東北北部の蝦夷たちが使う土師器甕が出土しています。この地区で朝貢(ちょうこう)しに来た蝦夷の接待や供宴が行われたのかもしれません。

 古代の郡の役所には正倉や館、厨(くりや)、郡庁(ぐんちょう)、曹司(ぞうし)が置かれていました。赤井官衙遺跡からは厨、郡庁はまだ発見されていませんが、正倉地区や館地区が見つかっているので、郡の役所の遺跡といえます。さらに、役所の外側を広く材木塀で囲っていたと考えられますから、郡の役所機能も持った城柵遺跡と考えられます。藤原宮期に本格的な郡家型城柵として大改修されたのです。

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