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福島第1原発処理水、迫る海洋放出(上) 漁師の苦悩 風評被害再来に危機感

震災後に漁師となった渡辺さん。拡大してきたホヤの販路などを心配している
加工場で特産品のワカメの湯通しと冷却作業をする遠藤さん

 東京電力福島第1原発にたまる処理水〔※〕の海洋放出が迫っている。国や東電は科学的データをもってこの夏にも放出する計画を推し進めるが、漁業者は「関係者の理解なしには放出しない方針だったはずだ」と不信感を強める。東日本大震災からの復興が進む基幹産業が再び風評被害にさらされる懸念が高まる。石巻地方の水産業の今を見た。(大谷佳祐)

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 「福島第1原発事故の風評被害が収束し、やっと軌道に乗ってきたところ。ただでさえホヤの需要が減っているのに、採算が合わなければ養殖を辞める人も出てくる」。震災後に漁師となった渡辺隆太さん(39)は、水産物が再び売れなくなることを危惧する。

■需要今も戻らず

 県産ホヤの2022年度の生産量は約5000トンと全国一。しかし、一大消費地だった韓国が13年9月から禁輸措置を取り続けている影響で、今も需要は回復していない。

 渡辺さんは父の喜代寿さん(72)ら家族と、石巻市谷川浜でホタテとホヤの養殖を手がける「ワタキ水産」を営む。元々は神戸市でパン職人をしていたが「家族が作るホタテは自慢できるうまさ。絶対残したかった」と、家業を立て直すため漁師の道に進んだ。

 谷川浜に戻ってからは津波で流失したホタテのいかだを再設置し、養殖しやすいホヤも始めた。昨年から県内のみやぎ生協で取り扱われ、県産ホヤの新ブランド「ほやの極み」にも認定された。加工品も作り、インターネットで販売するなど販路を拡大してきた。

 国は、漁業支援や風評対策のために設けた基金を使って、理解を求めていく方針だが、風評被害が一度広まれば漁師らの努力も消し飛んでしまう。

 渡辺さんは「首都圏の人などは福島も宮城も同じ東北という目で見るかもしれない。東京の市場などではホヤを扱うのをやめるという話も出ているらしく、このままでは原発事故後と同じ12年を繰り返すだけ」と危機感を募らす。

 全国的に有名なブランドとして知られる石巻市北上町十三浜のワカメ。「作り手が消費者に心配ないと伝えても『処理水が関係している地域』というだけで買ってもらえないかも」と十三浜大指の遠藤俊彦さん(48)は心配する。

 震災後、十三浜で養殖、加工、販売を漁師自らの手で行う6次産業化の取り組みを強めたり、若手が主体となって国際認証を受けるワカメやコンブを作ったりと、地元産業を衰退させないように動いてきた。

■浜の未来に影響

 今年2月、石巻市内で漁業者向けに処理水放出に関する説明会があった。政府関係者は「安全で問題はない」と繰り返すばかりで、漁業者が不安視する風評に関する細かな説明やフォローの提案はほぼなかったという。

 海洋放出が始まれば、30年以上は続く見通し。遠藤さんは漁業者の収入減だけでなく、せっかく地元産業の再生や家業の存続に立ち上がり、活気が戻りつつある浜のこれからを心配する。

 「説明会も放出ありき。今だけ乗り切ればいいことではない。後継者や若者に明るい未来を残してほしい」と訴える。

〔※〕福島第1原発の処理水 
 東京電力福島第1原発では、溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷やすための注水や雨水、地下水の流入で放射性物質を含む汚染水が発生し続けている。これを多核種除去設備(ALPS)で浄化したものが処理水だが、水素の仲間で三重水素と呼ばれる放射性物質のトリチウムは取り除けず、敷地内のタンクに保管している。6月時点の保管量は約133万トンで容量の約97%。トリチウムは通常の原発でも発生しているが、人体への影響は小さいとして国内外で海に放出されている。

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