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熱気、躍動 石巻沸く 川開き祭り閉幕 来場27万6000人、震災後最多

華やかな浴衣に身を包んで踊る国際サークル友好21のメンバーら。初参加の大漁踊りを楽しんだ=6日午後6時25分ごろ、石巻市のアイトピア通り
りりしい表情で行進する鼓笛隊=6日午前11時5分ごろ、アイトピア通り

 第100回石巻川開き祭り(実行委員会主催)は6日、石巻市の中心市街地や北上川を舞台に陸上パレードや孫兵衛船競漕(きょうそう)の決勝レースなどさまざまな行事を展開した。1日を通して実施した陸上パレードでは小学生の鼓笛隊やみこしなどが目抜き通りを行進。伝統の大漁踊りで締めくくり、節目の祭典が幕を閉じた。3日間の人出は27万6000人(主催者発表)で、東日本大震災後では最も多かった。

 5日夜から6日朝は気温が25度以上の熱帯夜となり、日中も最高気温30.3度(6日午後0時19分)を記録した。暑さの中、陸上パレードでは縄張神社みこしや石巻中吹奏楽部、石巻広域消防音楽隊、はねこ踊りなどの演奏や舞が次々と披露され、中心市街地が活気に包まれた。

 フィナーレを飾った大漁踊りには16団体約680人が浴衣や法被姿で参加。今回から女声音源に変わった「大漁唄(うた)い込み」に合わせ、アイトピア通りと立町大通りを連なって踊った。

 初参加した日本笑い学会石巻支部副支部長の中村礼子さん(63)=石巻市蛇田=は「市民に笑いと元気を届けられ、楽しく参加できた。ただ、高齢者が多いので疲れた」と笑顔だった。

 3日間の人出は、新型コロナウイルスの影響で規模を縮小した昨年の12万8500人から倍増した。4日が1万9000人、5日は花火大会が15万人、中心市街地が5万5000人の計20万5000人、6日は5万2000人だった。

 実行委の担当者は「100回目の多彩な記念行事が個々に魅力を発揮し、猛暑の中でも幅広い世代に来場してもらえた」と話した。

 祭りは北上川改修を指揮した川村孫兵衛の功績をたたえ、1916(大正5)年に始まった。今年が100回目の節目で、震災後では初めて3日間の日程で開催。花火大会は震災前の規模と会場を復活させ、昨年より1万発多い約1万6000発を打ち上げた。

響き高らか、15校が鼓笛隊パレード

 小学生の鼓笛隊パレードには石巻市内15校が参加した。色とりどりのユニホームをまとった隊列が音楽を奏でながら軽快に行進し、沿道の観客をにぎわわせた。

 鍵盤ハーモニカやトランペット、旗などを携えた鼓笛隊は、石巻小を出発しアイトピア通りと立町大通りを練り歩いた。太陽が照り付ける真夏日の中、児童は引き締まった表情を崩さずにパフォーマンスをした。

 先頭の指揮に合わせ、各校の校歌や「鉄腕アトム」「世界に一つだけの花」などなじみの曲を高らかに奏でた。沿道からは保護者などが声援を送り、手を振った。

 指揮者を務めた釜小6年吉田依央(いお)君(11)は「全員が一つに心を合わせて良い演奏ができた。バトンを回す技が難しかったが、最後までやり遂げられた」と元気に話した。

ごみ少ない! 水明町内会、花火会場周辺を清掃

 石巻市の水明町内会は、石巻川開き祭り花火大会翌の6日早朝、会場周辺のごみ拾いを行った。

 住民や住吉中生ら約30人が参加。北上川沿いの自転車道約700メートルとその周辺を歩き、空き缶やお菓子のパッケージ、たばこの吸い殻などを拾った。路上には、花火の場所取りのためのガムテープが貼られている箇所が多く、一つ一つ丁寧に剥がして回収した。

 住吉中3年の小野寺那菜さん(14)は「思っていたよりごみが少なかった」と話した。

 町内会は、開北橋付近で行われた花火大会翌日にごみ拾いを行ってきた。観客のマナーアップについて、戸田正勝会長(78)は「みんな持ち帰り処分してくれたと思う」と感謝した。

路上のガムテープを剥がす参加者ら

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