発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方>古代石巻地方の人々
【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】
第5部 律令国家の蝦夷支配と軋轢
<上総・紀伊国とつながる>
■記録が残る2氏
古代の石巻地方の氏族として、以前に丸子氏、牡鹿連(むらじ)氏、道嶋宿禰(すくね)氏を取り上げました。その他にも「続日本紀(しょくにほんぎ)」や木簡(もっかん)に記録が残る石巻地方の人がいます。今回は、春日部〔武射臣(むさのおみ)〕氏と俘囚大伴部(ふしゅうおおともべ)氏を紹介します。
「続日本紀」神護景雲3(769)年3月辛巳条に、陸奥国大国造(だいこくぞう)道嶋宿禰嶋足(しまたり)の申請により陸奥国の白河・会津・磐城から名取・黒川・賀美・牡鹿・玉造郡などの18郡、67人に改賜姓(かいしせい)した記事があります。その中には、牡鹿郡の人、春日部奥麻呂等3人に武射臣を賜姓されたことも記載されています。
■唯一例外の賜姓
これを分析・整理した元国立歴史民俗博物館館長の平川南さんは「すべて丈部(はせつかべ)・大伴部・吉弥侯部がそれぞれ阿倍・大伴・上(下)毛野+陸奥国名または郡・郷名を賜姓したものであるが牡鹿郡春日部奥麻呂ら三人が武射臣を賜姓したのはここでは唯一の例外である。…(中略)…武射臣は右記の『地名+臣』の型に一致すると思われ、地名『武射(むさ)』が上総(かずさ)国武射郡を指すことはほぼ間違いない」としています。
上総東部に伊甚(いじみ)屯倉(みやけ)という地がありました。伊甚屯倉は安閑(あんかん)天皇の時代、春日皇后に献じられた伝承を持ち、春日部氏は伊甚屯倉に置かれた名代(なしろ)・子代(こしろ)という農民層です。
伊甚屯倉といえば、道嶋嶋足らの祖先、丸子氏一族の故郷に当たる天皇直轄地です。春日部氏は伊甚屯倉を通じて丸子氏とつながるのです。牡鹿郡の春日部氏は上総国武射郡から海を渡って牡鹿地方に移住してきた氏族ということになります。
上総国武射郡は千葉県東部太平洋岸でも、丸子氏の故地である伊甚屯倉があった地域に置かれた夷隅(いすみ)郡よりやや北に当たる地域です。上総東部のいくつかの地域から古代石巻地方に移住してきたことが推定され、千葉県東部の九十九里浜周辺地域と深く関わっていたことがうかがえます。
九十九里浜のある上総国東部の景観は、仙台湾・石巻湾に広がる砂浜の続く海岸の風景と似ています。丸子氏や春日部氏は、親しみのある海の景観のある古代牡鹿地域に移住してきたのかもしれません。
ところで、赤井官衙(かんが)遺跡からは須恵器甕の口縁部に「春□」とヘラで書された土器が出土しています。もしかすると、春日部氏に関係する土器かもしれません。
俘囚大伴部氏は「続日本紀」神護景雲3年11月己丑条に登場します。陸奥国牡鹿郡の俘囚外少初位上勲七等大伴部押人(おしひと)が「是本(これもと)は紀伊国名草郡片岡里の人で、昔祖先大伴部直(あたい)が蝦夷征討の時小田郡島田村に到(つ)き、蝦夷に捕らえられて捕虜となったので、代を歴(へ)て俘囚とされた。俘囚の名を除き調庸(ちょうよう)の民としてほしい」と国家に申請し、許されています。
紀伊国名草郡は和歌山県の紀ノ川河口に当たります。「日本書紀」神功皇后の新羅征討物語に登場する「紀伊水門(きいのみなと)」の所在地です。紀伊水門は古墳時代から大陸へ渡る海洋船を操り、5世紀から6世紀に活躍した「紀伊水軍」の本拠地です。663年に百済(くだら)再興のため朝鮮半島に渡って唐・新羅(しらぎ)軍と戦った「白村江(はくそんこう)の戦」にも「紀伊水軍」が関わったと考えられています。
名草郡には紀国造(きのくにのみやつこ)に任命される豪族である紀直(きのあたい)氏、海人(あま)集団の在地の統率者である海部(あまの)直(あたい)氏と並んで、大伴部氏が有力氏族として郡領(ぐんりょう)(郡の長官職)に名を連ねています。俘囚大伴部押人の祖先が紀伊国名草郡片岡里の人であったとすると、紀伊水軍が大陸への遠征ばかりでなく、中央政府の蝦夷征討でも重要な役割を果たした可能性を想像させる、というように前述の古代史研究者の平川南さんは指摘しています。
■海を媒介にして
大化改新後の東北北部-北海道までのヤマト王権の遠征、静岡県湖西窯跡群で生産された須恵器の石巻地方や青森県八戸地域への運搬も、紀伊水軍のような船団が利用されたのかもしれません。古代石巻地方の人々は、海を媒介して上総国(千葉県)や紀伊国(和歌山県)とつながっているのです。
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