福島第1原発 処理水放出、あす開始 政府、閣僚会議で決定
政府は22日、東京電力福島第1原発にたまる処理水(※)の海洋放出を24日に開始する方針を決めた。風評被害や漁業の継続に懸念を示す地元漁業者らが放出に反対しているが、岸田文雄首相は政府が責任を持って対策に取り組むと強調。「第1原発の廃炉と福島の復興に、処理水の処分は避けて通れない課題だ」と理解を求めた。
官邸であった関係閣僚会議で、岸田首相は「気象、海象条件に支障がなければ放出開始時期は24日を見込む」と表明。東電に対し、原子力規制委員会が認可した実施計画に基づき、速やかに放出開始の準備を進めるよう求めた。
首相は国内外の理解醸成に向けたこれまでの取り組みを説明。水産物の国内消費拡大や生産の維持、新たな輸出先の開拓といった対策を列挙し「漁業者に寄り添う政府の姿勢に、理解は進んでいる」との認識を示した。漁業者らの不安払拭に向けて「数十年の長期にわたろうとも、処理水処分が完了するまで政府として責任を持って対処する」と決意を述べた。
国際原子力機関(IAEA)が7月にまとめた包括報告書にも触れ「科学的根拠に基づく取り組みに幅広い国が支持を表明し、国際社会の理解は確実に広がりつつある」と説明した。
首相は20日に第1原発を視察。21日には全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長らと会談した。
放出開始時期決定を受け、東電は22日、放出の準備作業を開始。最初に放出する処理水をタンクから配管に移す作業に着手した。
政府は2021年4月、海洋放出の方針を決定。今年1月に開始時期を「今年春から夏ごろ」と具体化した。石巻地方では西村康稔経済産業相が6月10日、石巻市の県漁協本所で漁業者と意見交換を実施した。7月19日に渡辺博道復興相が塩釜市で、同29日には西村経産相が再び県漁協本所で漁業者と面会した。
(※)福島第1原発の処理水:東京電力福島第1原発1~3号機で溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷やす注水の他、地下水や雨水から発生した汚染水を多核種除去設備(ALPS)で浄化した水。放射性物質のトリチウムは除去できず、現在は敷地内のタンクで保管している。東電は2024年2~6月ごろ満杯になると試算している。海洋放出の安全性を検証した国際原子力機関(IAEA)は7月、人や環境への放射線の影響は無視できるほどわずかだと評価する包括報告書を公表した。
「風評、既に発生」「安全性の理解醸成を」 3首長、県漁協組合長
政府が福島第1原発の処理水を24日から海洋放出する方針を決めたことを受け、放出に一貫して反対してきた県漁協は政府の一方的な決定を批判した。石巻地方3市町の首長も風評被害への懸念を示し、国や東京電力に責任ある対応や安全性の発信強化を求めた。
県漁協の寺沢春彦組合長は石巻市開成の県漁協本所で取材に応じ「既に風評被害は発生している。放出するならば補償などの道筋をしっかり立ててからにしてほしかった。漁業者の願いは届かなかった」と落胆した。
アワビやホタテの価格が既に下落していることに触れ「処理水の処分の必要性は理解しているが、科学的安全と社会的安心は違う」と指摘。「国が最後まで責任を持つと言った以上、生産者に不利益がないようにしてほしい」と訴えた。
石巻市の斎藤正美市長は取材に「安全性に対する理解が得られておらず、水産関係業者には取引中止といった大きな影響が既に出ている」と強調。国内外へ安全性の周知徹底を求め「関係業者が安心して事業を続けられるよう、国と東京電力は全責任を持って取り組んでほしい」と話した。
東松島市の渥美巌市長は「風評被害対策を万全にしてもらいたいということが一番。市内ではノリやカキの養殖や定置網漁などが関係してくる。全国の消費者に理解してもらう対策と、海外への丁寧な説明が必要だ」と語った。
女川町の須田善明町長は「国には処理水と食品の安全性に関する継続した情報開示とフェイクニュース対策をしてもらいたい。風評被害に関する補償にとどまらず、影響を受ける水産加工業などに対する経営支援、損失補償など、あらゆる対策に責任を持って取り組むことを強く求める」とコメントを出した。
生産者、危機感強く 消費者の反応さまざま
東日本大震災で甚大な被害を受け、原発事故の風評被害にも苦しんできた石巻地方の漁業者は、なりわい継続への危機感を再び強める。関係者の懸念を裏付けるように、消費者からも安全性への不安の声が聞かれた。一方で、海洋放出に理解を示し「変わらず購入する」という声もあった。
石巻市寄磯浜でワカメ、ホヤ、ホタテなどの養殖を手がける遠藤仁志さん(60)は「地元のホヤ生産者が大変だ。生活が成り立たなくなる」と憤る。国は風評被害を賠償する方針を示しているが「被害が続けば漁業は衰退する。国は消費者が安心して水産物を食べられる体制をつくってほしい」と訴えた。
「生産者が納得する対応を取ってほしい」と願うのは、カキとホヤをそれぞれ年間200トン以上扱う同市流留の水産加工会社本田水産の水野一樹社長(49)。カキやホヤは水揚げまでに長い時間をかけていることを強調し「今あるものを出荷したら終わりではない。影響は今後も続くことを国は理解しているのか」と疑問を投げかけた。
未来の水産業を担う若手漁師も不安を抱える。同市雄勝地区でカキやホタテ、ギンザケの養殖に取り組む三浦大輝さん(28)=大阪市出身=は2017年に漁師見習いを始め、20年に県漁協の正組合員になった。
処理水放出に対し「環境や人体への影響はないという説明なので、心構えはしてきた」と話す。一方で「漁師になったのは震災後で、風評被害の経験がない。自分が手がけたものが売れなくなることへの心配はある」と不安も口にした。
石巻地方の消費者からはさまざまな意見が聞かれた。東松島市矢本の事務員阿部佐智子さん(57)は「ニュースで大丈夫だと言っていても、本当かどうか疑問。漁業者には申し訳ないが、福島県産の魚などを手に取るのはためらってしまうかも」と話した。自らもカキ養殖に携わるという石巻市牡鹿地区の70代女性は「(福島近海の海産物は)購入にためらいを感じる。仕事が漁業関係なので複雑な気持ちだ」と吐露した。
一方で、石巻市出身の50代会社員男性=仙台市=は「不安はない。石巻は漁業で成り立ってきた街。市民が先頭に立って食べるべきだ」と強調した。東松島市小野の無職松崎雄一郎さん(43)も「商品はいろいろな検査をクリアして店頭に並ぶ。ためらう必要はないのではないか」と語った。
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