暮らしと地域を豊かに 石巻地方の挑戦 水産業、農業
◇水産業
海水温の上昇などによって、全国の海で水揚げされる魚種が変わりつつある。気候変動の影響もあってか、水産資源の減少をもたらす「磯焼け」も深刻だ。石巻地方でも海洋環境の変化に対応するため、磯焼け対策を施したり、市場にあまり出回らない魚介類を有効活用したりする取り組みが広がっている。若手漁師らでつくる一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン(FJ、石巻市)が、関係団体などと取り組んでいる商品開発やプロジェクトを紹介する。(大谷佳祐)
フィッシャーマン・ジャパン、利益出し海の森も守る
<磯焼け対策、コンブを人工造林>
ウニなどの食害や海洋環境変化で海藻が消える「磯焼け」。持続可能な水産業を目指すFJの取り組みの一つに、昆布を使って人工的に海藻の森をつくる活動「ISOP」がある。
ISOPは「Ishinomaki Save the Ocean Project」の略。FJ、県漁協石巻地区支所、石巻市の潜水会社「フクダ海洋企画」などが2020年にグループを設立した。
主な活動として大量発生したウニを駆除し、身入りを良くして販売を行ったほか、漁師をダイバーとして育成し、利益を出しつつ海の森を守る仕組みを形成。小学生にも漁業体験を通じて現場を見せるなど、地域の課題として捉えている。
コンブを繁殖させる活動にも取り組んでおり、活動から3年が経過した昨年秋には「商品を通して、磯焼けをはじめ、海の環境課題を知ってもらいたい」と、育てたコンブを利用したコスメ商品などを開発した。
開発は大手アパレルのアーバンリサーチ(大阪市)と、岩手に拠点があり、化粧品製造などを手がけるファーメンステーション(東京)が協力。コンブから美容に必要なエキスを抽出したせっけん(1760円)と、ハンドクリーム(1870円)として昨年11月から販売している。
せっけんは青森県産ヒバのエッセンシャルオイルを加えたシトラス系の香りが特徴。ハンドクリームもコンブの一部とファーメンステーションが作る有機米を発酵させたかすから抽出したエキスを混ぜることで保湿効果を高くした。
商品名はいずれも「KAISO」。FJの広報担当香川幹さん(25)は「何を使っているか、何を伝えたいかを重視した。世代問わず使えるものを製造することで、海のことを考えるきっかけにしたい」と話す。
FJの電子商取引(EC)サイトや、アーバンリサーチのオンラインストア、一部の実店舗で取り扱われ、製品の売り上げの一部は海を守る活動に使用する。
香川さんは「海を守るために自分は何ができるのかと考える人にとって、購入することが一つのアクションになる。今後も住民が協力できるような展開ができればいい」と語る。
<未・低利用魚の活用、ホテルに食材提案>
漁獲量が少なくサイズもバラバラ、鮮度も落ちやすいなどの理由で市場に出回る機会の少ない「未利用魚」や、使われる頻度が低く、安く取引される「低利用魚」。これらを有効活用しようと、FJは変わりゆく海洋環境に対応した食文化をつくるプロジェクトを本格始動させている。
名称は「三陸シーフードガストロノミー」。県内のホテルで提供される料理の食材に未利用魚などを活用することで、消費者に食べ方を提案、魚ごとの知名度を高めるのが狙い。
近年、三陸の海では海水温の上昇などで「カナガシラ」や「タチウオ」といった南方系の魚が水揚げされるが、石巻地方の飲食店のメニューに採用されるケースは少ない。水揚げ量にばらつきがあり、調理にも手間がかかるなど、浸透しきっていないのが現状だ。
FJのスタッフ安達日向子さん(32)は「取れる魚種の時期や量、個体の大きさも毎年大きく変化している。料理という軟らかいテーマで、水産業や温暖化などの環境問題に少しでも興味を持ってくれたらいい」と活動の思いを語る。
昨年秋には秋保温泉ホテル瑞鳳(仙台市)で、約100品あるビュッフェメニューの中にカナガシラの唐揚げなど、低利用・未利用魚を使った料理10品を提供した。料理人も「南の魚でも、東北人の味覚にあった調理をすれば受け入れられる」と手応えを感じる。
新たな食文化の発信に協力するホテルも増えてきた。ホテル松島大観荘(松島町)も、開発したメニューを今月15日~3月末に利用者に紹介する。
注目したのはフグだ。三陸沖で水揚げされたショウサイフグは、九州を中心に多く生息しているが、2015年ごろから宮城の海でも増加傾向にある。小さいフグは、身が少ない割に調理の手間がかかるため、これまではほとんど使われず廃棄されてきた。
大観荘では旬の野菜と一緒に鍋などで提供する。天ぷらや唐揚げも検討しているという。
安達さんは「石巻地方の飲食店でも振る舞われるようにして、みんなで海の課題と向き合えるようにしたい」と展望を語った。
◇農業
石巻地方で農業分野の新しい動きが生まれている。珍しい伝統野菜の栽培・出荷が始まり、住民同士の交流機会創出を狙った農園の開設が近づく。「農」で暮らしと地域を豊かに-。栽培や新施設を通した取り組みへの挑戦を紹介する。
珍しい伝統野菜、「かつお菜」を試験栽培
石巻地方にあまり出回らない野菜の栽培に取り組む男性がいる。石巻市中里6丁目の農業石原慶太さん(60)は昨年、東松島市赤井のビニールハウスと露地で、アブラナ科の「かつお菜」の試験栽培を始め、収穫と出荷を行っている。
かつお菜は福岡県を中心に九州北部で流通する伝統野菜。「勝男菜」「勝女菜」の字が当てられる。雑煮などで食べられる縁起物で、加熱するとかつおだしのような風味とうまみが感じられる。アミノ酸やカルシウムが豊富なのも魅力だ。
暑い盛りの8~9月、どの時期に生育が進むかを見極めるため、何回かに分けてハウス内に種をまいた。育苗中は遮光カーテンで強い日差しが当たらないように注意を払った。
240株を栽培し、10月下旬から収穫している。1日当たり収量は5キロから10キロ。葉の根元を軽く倒すだけで簡単に収穫できる。石原さんは「正月のお雑煮に入れて味わってみてほしいので、正月まではなんとか出荷を続けたい」と言う。
1パックは大ぶりな葉が3枚入りの350グラムほど。商品名は「かつを菜」とし、いしのまき元気市場(石巻市中央2丁目)やグリーンサムいちば(同市恵み野6丁目)で扱っている。
消費者に向け「生の味と電子レンジで加熱した味の違いを食べ比べてほしい。味わいが変わるので、併せて味付けを考えてみてもらいたい」と話した。
石原さんは青果流通会社を2月に退職。家庭菜園が好きで、好物のアブラナ科「のらぼう菜」の栽培を始めた。経験の浅い自分は他の農家と同じものでは歯が立たないと、現在はかつお菜、のらぼう菜など計5種類の伝統野菜を手がける。
石原さんは「伝統的な食べ方をしなくてもいい。違う土地の食べ物を試すきっかけになるのではないか」と話した。
2024年も意欲を燃やす。「新しく育てる物を探している。自分が気に入るかどうかを大切に作物を選びたい。一つでも多くのお気に入りを探し、皆さんにお届けしたい」と語った。
(渋谷和香)
震災被災跡地を活用、町民農園4月オープン
女川町に4月、東日本大震災の被災跡地に町民農園がオープンする。サンマやギンザケが水揚げされる水産の町だが、震災前は庭先で野菜などを育てる家庭もあった。整備を進めた町は、野菜や花の栽培を通した町民同士の交流促進に期待し、今月5日から利用希望者を募る。
同町清水2丁目の女川スタジアム南側に昨年12月、シカよけのフェンスに囲まれた農園が完成した。約1300平方メートル。南向きで日当たりが良い。深さ50センチ分を栽培に適した土に入れ替え、30区画(1区画16平方メートル)設けた。水道や農機具倉庫、駐車場も整備。小型の耕運機やスコップなど共同利用できる道具をそろえ、年間6000円で町民に貸し出す。整備工事費は約1025万円。
清水地区は震災前、住宅や水産加工場などがあったが、津波被害を受けて新たに住宅を建てられない災害危険区域となった。復興まちづくりを考えたワーキンググループでは、被災跡地の利活用や住民同士の交流機会の必要性を指摘する声があった。
町内には一戸建て住宅の庭などで野菜を育てる住民もいたが、災害公営住宅などでは広い畑を確保することは難しい。町は町民を対象に利用の希望を尋ねるアンケートを実施。意見交換会も開き、規模やルールを話し合った。県内の市民農園の設備なども参考に、整備の構想を描いてきた。
清水地区には2012年4月~16年11月、東北福祉大の支援を受けて開設された農園があった。仮設住宅の住民の交流や生きがいづくりに役立てばと運営され、収穫祭も行われた。
畑の共同利用で、顔を合わせたり栽培方法を教え合ったりと交流機会の創出が期待できる。産業振興課の高橋宏樹主事は「土いじりを通して健康でゆとりある生活を送ってほしい。幅広い世代に楽しく利用してもらい、コミュニケーションが生まれるとうれしい」と話す。
町は今月5日から22日まで利用者を募集し、2月に利用者や利用区画を決める抽選会や説明会を開く。開園式は3月下旬、利用開始は4月の予定。連絡先は町産業振興課0225(54)3131内線663。
(及川智子)
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