滔々と 私の大河 > 須能邦雄さん 第1部・震災編(4) 水産復活への道のり、メモに
初めて石巻魚市場の正面玄関前まで到達できたのは3月14日。それまでは自宅を出ても冠水やがれきなどで300~400メートルほどしか進めず、市場方面に近づくことができなかった。何度も心が折れそうになったが、その日は道路の水が引いて歩きやすくなっていた。
市場の近くに来ると、東洋一と自慢していた水揚げ棟は無残な姿になっていた。50本以上の鉄柱が根こそぎ抜かれ、屋根と一緒に押し流されていた。鉄板の屋根がまるでアコーディオンのように圧縮されていたのを覚えている。
市場北側の道路は陥没していて管理棟へ渡れなかった。建物の1、2階は完全に津波の被害を受けていた。室内の書類や備品も押し波と引き波でほとんどが室外に流失していた。
翌日、青森県八戸市の漁船が岸壁に着岸していた。飲み水をもらうため船長に会った。私が無事だったことを喜んでくれるだけでなく、衛星電話も使わせてくれた。そこで初めて妻や娘に連絡することができた。
心配していた家族は泣いて喜んでくれたが、私は身の危険を感じる状況が全くなかったので、皆の心配がそれほど大きなものだとは思っていなかった。
知り合いの安否確認をしたところ、市場に関係する会社の常務が亡くなっていた。彼は私が避難するよりも早く魚町を出たが、国道398号の渋滞に巻き込まれ、折り重なった車中で発見されたという。
彼がいる遺体安置所に行き、掲示板で多数の遺体確認用の写真を見た。その時、自分は生かされたのだということを実感させられた。
自宅に帰れるようになってから始めたことがある。震災から復興していく流れを記録することだ。それまでは日記のように、その日のことをメモする習慣はなかった。
多くの人が震災で身内を亡くしたり、会社が被災したりといった二重、三重以上の苦労を抱えていた。それに対して私は自宅が残り、家族も無事だった。精神的なハンディキャップは少ない。私がやらねばという思いが芽生えた。その日ごとの出来事や目にしたもの、水産業再生のために思い付いたことなどをメモするようになった。
復旧・復興は非常に困難な仕事になるが、多くの被災者の無念の気持ちを考えれば「生かされし者は愚痴などいわず、毎日少しでも前進することが必要だ」と自覚した。
住民だけでなく会社の経営者も精神的・肉体的に大変だった。立ち直るには仲間が団結するしかない。不平、不満、不安を口にすることはストレス解消のため大切だ。その聞き役に徹しよう、絶対に腹を立てずに、反論せずに話を聞こうと決心した。
それからまた数日後の朝、地元水産会社の社長2人が自宅に来た。震災があったから石巻を離れてしまうのかと聞かれたので、石巻の水産業界が復活するまで頑張るつもりだと伝えた。
2人からは「ぜひ業界の先頭に立ってくれ。骨を埋めるつもりで頼む」と言われた。私は「散骨主義なので骨を埋めるつもりはない。金華山沖に散骨してくれ」と返した。震災後初めて笑うことができた。
近日中の水産業界の復活宣言と水産復興会議の設立を準備しているので、みんなで頑張ろうと固い握手を交わした。その2人の力強い後押しもあり、復旧・復興に向けての論点整理を急いだ。
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