石巻出身のジャズトランペッター伊勢秀一郎さんを追悼 最後まで理想の音、追求
石巻市出身のジャズトランペット奏者・伊勢秀一郎さんが1日、東京都内の病院で亡くなった。68歳だった。病魔に侵されながらもステージに立ち続けた。7日、都内であった葬儀には旧知の音楽仲間たちが駆けつけ別れを惜しんだ。温厚な人柄で誰からも愛されたミュージシャンだった。(久野義文)
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「僕のトランペットの音色は石巻弁」
六本木のカフェで初めて取材した時、伊勢さんはそう言って笑った。30年近く前だ。「これからライブがある」と雑踏に消えた。
高校(石巻高)まで剣道に打ち込んだ。1975年、世界的なトランペット奏者マイルス・デイヴィスにあこがれ上京、その時、初めてトランペットを手にした。78年頃からプロ活動を始め、多くのビッグバンドと共演する傍ら自身のトリオを結成した。都内のジャズクラブを中心に活動、ニューヨークや北京など海外でも活躍した。
古里では2001年、石巻高の級友たちが「伊勢秀一郎応援団」を発足させた。ほぼ毎年「伊勢君」を石巻に呼びライブを開いた。伊勢さんも古里とのつながりを大事にした。
昨年、伊勢さんはCDアルバム「Sansa Shigure~さんさ時雨」をリリース。キャリアを重ねるごとに彼にしか出せない円熟味のある音を醸しだしていった。
が、既に病気が進行、流動食しか通らなくなった。それでもステージに立とうとした。6月もツアーで一関、栗原、横手を巡回するはずだった。しかし栗原でのライブの時、体調が急変。これが最後になった。
応援団発起人で石巻高同期の佐藤秀博さん(68)=石巻市=は「一関で聴いたが全身全霊で演奏していた」と振り返る。「ステージで独自の世界を創りだしていたのに」と惜しむのは、石巻高同期で葬儀に参列した湯目隆之さん(68)。
伊勢さんのトランペットを評する時、誰もが口にしたのが「温かく優しい音色だった」。ジャズボーカリストとして長年一緒にステージに立ったMIKAさん=栗原市=は「亡くなる直前まで理想の音を追求していた。独自の奏法を見いだそうとした」としのんだ。
葬儀は伊勢さんのジャズ人生にふさわしいものだった。出棺時、参列したミュージシャンたちがおのおのの楽器を手に一斉に「聖者の行進」を吹き始めた。「最後まで石巻弁が抜けなかった」(佐藤さん)という音色で、伊勢さんも一緒に奏でたに違いない。
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