天道清貴さん(仙台出身、シンガー・ソングライター) 「あの日」古里にいなかった(1)
東日本大震災で自分だけ被災しなかった後ろめたさや、地元の友人らと思いを共有できない孤独感。震災時、就職や進学で故郷を離れていた若者たちの中には、複雑な気持ちを抱えた人たちがいた。震災の影響の大きさを伝えたいと、直接被災しなかった30代の「非当事者」を、世代や境遇が近い記者3人が取材した。
「これ以上大きな地震が起きないよう、願いを込めて歌いましょう」
宮城、福島両県で起きた最大震度6強の地震から5日後の3月21日、シンガー・ソングライター天道清貴さん(39)は、仙台市宮城野区文化センターでイベントを開いた。
<この声が今遠くまで あなたの胸に届くまで 僕らこの場所で歌い続けるよ><その涙が伝えてくれた その笑顔が教えてくれた どんなときも一人じゃないことを 一人じゃないよ>
東日本大震災の被災地に思いをはせ、2011年に作った曲「We Are Not Alone」。ピアノを弾きながら参加者と力強く歌い上げた。
あの日は、米ニューヨークにいた。日本での10年間の音楽活動を経て、ゴスペルを学ぶため移り住んだ。
「清(きよ)の実家が大変だよ」。深夜、東京の友人から連絡を受け、テレビをつけると三陸沿岸に押し寄せる津波が映った。海に近い宮城野区蒲生地区に暮らす家族とは連絡が取れず、強い不安に襲われた。
「米国にいて何もできない自分がもどかしく、申し訳ないような気持ちだった」。翌日から街頭でゴスペルを歌い、寄付を募った。
床下浸水したものの実家の家族は無事だったが、中学時代の同級生2人が津波の犠牲になった。米国で変わらない日常を送る周囲の人々を横目に、傷ついた故郷への思いは募るばかり。「自分だけが違う感情でいて、取り残されたような感覚があった」。音楽活動に集中できなくなった。
それでも音楽の力を信じた。小学生の頃に腸閉塞(へいそく)で長期間入院した時、心を癒やしてくれたのはラジカセから流れる音楽だった。
もがき苦しんだ末、たどり着いたのは「一人じゃないよ」というメッセージ。「不安を抱える人に安らぎを」と曲を書き続ける。
震災から約半年後の2011年10月、初めて被災地に入った。津波被害を受けた母校の岡田小(宮城野区)などを訪ね、歌でエールを送った。大変な状況にある被災者から「来てくれてありがとう」と声をかけられ「逆に自分が元気をもらった。もっとみんなの背中を押せる曲を作っていきたい」と思いを強くした。
15年に帰国後、東京に拠点を置く。ゲイを公表し、性的マイノリティー(少数者)への理解を求める活動に参加。21年には聴力に障害のある人にも音楽を届けようと手話のミュージックビデオを制作した。
米国で感じた後ろめたさは今はもうない。自分と同じように震災時に故郷を離れていた若者たちに伝えたいことがある。
「直接被災しなかったからこそ、被災地のためにできることがきっとある。自分にはそれが音楽だった。後ろめたく思う必要はないし、思いがあれば自分にできることが必ず見つかる」
(報道部・氏家清志)
<編集後記>
直接被災しなかったことを「後ろめたく思う必要はない」という清貴さんの言葉に私自身が励まされた。
仙台市出身だが、震災時は那覇市に住んでいた。沖縄県の地元新聞社に入社する直前で、研修中だった。
実家の家族は車中で夜を明かす日々を送っていた一方、食住に不自由ない生活を送っていたことに罪悪感に似た思いを感じていた。
取材を通じ、過去ではなく、今どのように被災地と向き合っているかが重要だと気付かされた。繕うことなく、自分らしく取材を続けていきたい。
「震災報道若手PT」が取材
東日本大震災後に入社した記者による「震災報道若手記者プロジェクトチーム(PT)」は今回、震災当時故郷を離れていた被災地の出身者をテーマにしました。10~20代は進学や就職で県外に転出している場合も多く、PTにも当時東北にいなかった記者がいます。直接被災しなかった「非当事者」の思いを伝えることも震災報道の一つではないだろうか。そんな思いで取材を進めました。
オンラインでは震災遺構を語り部の言葉とともに写真や映像で記録し、発信する取り組みも始めました。第1弾として仙台市若林区の旧荒浜小を公開しています。
今回の特集は報道部佐藤駿伍(27)、関根梢(32)、氏家清志(36)、石巻総局松村真一郎(30)、写真映像部藤井かをり(29)、整理部茂木直人(29)、八木高寛(34)が担当しました。
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