布施太一さん(石巻・水産加工会社社長) 「あの日」古里にいなかった(3)
東日本大震災で自分だけ被災しなかった後ろめたさや、地元の友人らと思いを共有できない孤独感。震災時、就職や進学で故郷を離れていた若者たちの中には、複雑な気持ちを抱えた人たちがいた。震災の影響の大きさを伝えたいと、直接被災しなかった30代の「非当事者」を、世代や境遇が近い記者3人が取材した。
あの日を経験した同級生と話すと強く感じる。「地元にいなかった負い目や、被災の苦しみを共有できない悔しさがある」
宮城県石巻市の水産加工会社「布施商店」社長の布施太一さん(38)は苦しい胸の内を明かす。
海外で仕事をする夢に加え、100年以上続く家業を継ぐかどうか決断するための知識を得たくて、2007年4月に東京の大手商社に入った。食品流通や経理を担当し、社会人生活は充実していた。そんな時、東日本大震災が起きた。
都内のオフィスで激しい揺れに襲われた。沿岸部の石巻市渡波に住む両親に電話したが通じない。インターネットで避難所の情報を3、4日見続け、ようやく2人の無事を確認した。
石巻に帰れたのは震災1カ月後の4月。内陸部から沿岸部に通じるトンネルを抜けると、変わり果てた古里の姿が目に飛び込んできた。実家と漁港近くにあった会社は津波で全壊した。
「会社をもう一度やる」。約3カ月後、社長だった父が意外な言葉を口にした。
「父も60歳過ぎ。全てが流され、会社を畳むと思っていた。自分が戻らないと駄目だ」。跡を継ぐ意志を固めた。
13年から中国で2年間働き、目標だった海外勤務を経験できた。商社を辞め布施商店に18年入社。昨年1月、4代目社長に就いた。
古里に戻った理由は、もう一つある。
震災から4、5年後の年末、中学時代の同級生が石巻で開いた同窓会に参加した。集まった20~30人ほどの9割近くは地元で被災していた。幼なじみの一人はトラックを運転中に津波に遭い、流れ着いた家に飛び移って助かった。
壮絶な体験を聞き、東京にいた自分との差を感じた。「石巻で暮らすことで震災を経験した人の思いや考えに近づき、復興の主体者になりたい」と思うようになった。
魚の消費量減少など水産業界の先行きが厳しい中、生き残りを懸けて新商品の開発に取り組む。動画投稿サイト「ユーチューブ」でも会社をPR。昨夏から「仲買人、タイチ」のタイトルで、石巻の魚介類の魅力や調理方法を動画で発信する。
新事業を通して石巻に興味を持ってもらい、現地に足を運びたくなる青写真を描く。「石巻の人間が明るい未来を築こうと行動する。それが復興につながると信じている」
(石巻総局・松村真一郎)
<編集後記>
「震災報道に携わりたい」。新聞記者を志したのも、昨年10月に他の新聞社から転職したのも、その思いがあったからだった。
震災から10年間、東北にいなかった自分にその資格はあるのか。自問もある。
「石巻にいなかったことへの負い目はあるが、地元の明るい未来のために仕事をしていることに誇りがある」。布施さんの言葉は、答えが出せないでいた私の心にすっと入り込んできた。
「災害による犠牲を減らすため、あの日の記憶を広く伝える役割がある」。被災地の記者として、目標が明確に定まった。
「震災報道若手PT」が取材
東日本大震災後に入社した記者による「震災報道若手記者プロジェクトチーム(PT)」は今回、震災当時故郷を離れていた被災地の出身者をテーマにしました。10~20代は進学や就職で県外に転出している場合も多く、PTにも当時東北にいなかった記者がいます。直接被災しなかった「非当事者」の思いを伝えることも震災報道の一つではないだろうか。そんな思いで取材を進めました。
オンラインでは震災遺構を語り部の言葉とともに写真や映像で記録し、発信する取り組みも始めました。第1弾として仙台市若林区の旧荒浜小を公開しています。QRコードでアクセスできます。
今回の特集は報道部佐藤駿伍(27)、関根梢(32)、氏家清志(36)、石巻総局松村真一郎(30)、写真映像部藤井かをり(29)、整理部茂木直人(29)、八木高寛(34)が担当しました。
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