にぎわい消えた古川駅前、静かな節目 東北新幹線大宮-盛岡間開業あす40年

現在の古川駅前商店街。平日の日中、人通りは少ない=14日午後4時35分ごろ
1970年代、商店や旅館、飲食店が並んでいた新幹線開通前の駅前商店街。突き当たりが旧陸前古川駅(佐藤さん提供)

 東北新幹線大宮-盛岡間が1982年に開業してから23日で40年を迎える。宮城県大崎市の古川駅前商店街は、かつて40を超えた会員数が19に半減。玄関口のにぎわいは大型商業施設の撤退とともに去った。節目の日を静かに迎える商店街振興組合の新旧理事長に、思いを聞いた。(大崎総局・村上浩康)

「限界集落みたいな」

 「新幹線開通は、旧古川市にとって最大の開発だった」。5月まで約15年にわたり理事長を務めた遠藤哲男さん(80)が振り返る。

 現駅から約200メートル西側にあり、陸羽東線の旧陸前古川駅前に商店や飲食店などが立ち並んだ旧商店街。新幹線開通後は、紆余(うよ)曲折を経て計10・4ヘクタールの広大な区画整理が進み、整然とした街並みに一変した。

 駅から離れて朝夕の通勤通学客が減った一方、84年には旧ニチイ古川店(後の古川サティ)が開店。87年に区画整理を終えた新商店街の核店舗となった。「土日は周辺が渋滞するほどに繁盛した」(遠藤さん)が、景気低迷や郊外の大型店立地で2001年に撤退した。現在に続く空洞化を決定づけた。遠藤さんは「時代の波。今では限界集落みたいなもの」と苦笑する。

 組合は区画整理と同時に発足した。「団結を強めようとお社を造ったりして…。あの頃は良かった。若い人がいなくなり、寂しい商店街になった」と、前々理事長で印章店の2代目喜藤賢一さん(79)。「どこも後継者がおらず、維持するので精いっぱい」と明かす。

 東西、南北各200メートル余りの商店街は今、シャッターが下りた店舗や空き地が目立つ。今年5月に理事長に就いた佐藤庸さん(69)は「組合の役割はほぼ終わった。新事業を始めるエネルギーはない」と率直に語る。

東北新幹線開通後、新しい商店街が完成した当初のアーチ(区画整理事業完工誌から)
現在のアーチ。老朽化で落下の危険があり、商店街の文字は外された=14日午後4時55分ごろ

せめて植栽で

 商店街入り口の大きなアーチは、老朽化して「古川駅前商店街」の表示を外した。大手居酒屋チェーンは組合に未加盟。新幹線駅の近さを生かしたホテルは盛況だが、利用客を商店街に呼び込む手は打てずにいる。

 市民会館誘致を求める声も一部にあるが、運動に発展しそうな兆しはない。駅の核店舗「ピボット」は新型コロナウイルス禍で21年9月、閉店。人口減少と高齢化に歯止めがかからず、大きな絵は描けない。佐藤さんは足元を見詰める。

 「秋祭りなどのイベントを続けながら、せめて植栽などで小ぎれいな雰囲気づくりをする。行ってみたい、また訪れたいと思ってもらえる商店街でありたい」

関連タグ

河北新報のメルマガ登録はこちら

企画特集

先頭に戻る